■第20話「回収対象」
夜は、静かに降りていた。
昼間の騒がしさが嘘のように、街は少し落ち着いている。とはいえ完全に静かになることはない。どこかで酒の音が鳴り、遠くで笑い声が響く。それでも昼とは違う、少しだけ張り詰めた空気があった。
ギルドの二階、簡易の宿泊部屋。
カイルは窓際に立ち、外を見ていた。
(……やっぱり来るな)
視線ではない。気配でもない。だが、確実に“見られている”感覚がある。昼間の連中とは違う。もっと遠くから、もっと静かに。
ノックの音がした。
「入るぞ」
レイヴンの声だった。
返事を待たずに扉が開く。相変わらず遠慮がない。
「起きてたか」
「まあな」
レイヴンは部屋に入り、壁にもたれた。
しばらく無言でカイルを見ていたが、やがて口を開く。
「単刀直入に言う」
少しだけ声を落とす。
「お前、普通じゃねえ」
「知ってる」
「軽いな」
ため息混じりに言う。
「だが、問題はそこじゃねえ」
レイヴンは視線を窓の外に向けた。
「回収屋ってのはな、ただの傭兵じゃない」
「そうなのか」
「そうだ。あいつらは“組織”だ」
その言葉には重みがあった。
カイルは少しだけ興味を持つ。
「どんな組織だ」
「簡単に言えば、異常を集めてる連中だ」
レイヴンは腕を組んだ。
「能力、体質、魔力、なんでもいい。普通の枠に収まらないものを見つけて、連れていく」
「何のために」
「そこまでは分からん」
正直な答えだった。
「だが、一つだけ確かなことがある」
視線が戻る。
「捕まったやつは、戻ってこない」
部屋の空気が、少しだけ重くなった。
カイルは黙っている。
「怖くねえのか」
レイヴンが聞く。
「別に」
「そうかよ」
苦笑する。
「お前らしいな」
その時、扉がもう一度ノックされた。
今度はグレンだった。
「入っていいか?」
「勝手に入れ」
「お前なあ……」
ぶつぶつ言いながら入ってくる。その後ろからセラとナナも入ってきた。
「なんか重い空気だな」
グレンが言う。
「いい感じじゃん」
セラは相変わらずだ。
「話してたのは回収屋のことだ」
レイヴンが説明する。
グレンの顔が一気に引き締まる。
「やっぱりやばいやつらなのか」
「やばいどころじゃねえ」
レイヴンは即答した。
「外でも、かなり上の連中だ」
「上ってどれくらいだよ」
「少なくとも、さっきのやつは一人でギルド中級クラスは潰せる」
グレンの顔色が変わる。
「マジかよ……」
セラは笑っている。
「いいね」
「よくねえよ!」
ナナは静かに口を開いた。
「目的が分からないのが一番危険」
全員がそちらを見る。
「理由がない行動は、止められない」
確かにそうだった。
利益や損得で動く相手なら、まだ読みようがある。だが、目的そのものが見えない場合、行動の予測ができない。
「まあ、だから厄介なんだよ」
レイヴンが肩をすくめる。
「で、どうするんだよ」
グレンがカイルを見る。
「どうって?」
「逃げるとか、隠れるとかあるだろ!」
「ないな」
「だろうな!」
グレンは頭を抱えた。
セラは満足そうに頷く。
「それでいい」
「よくねえって言ってんだろ!」
カイルは少しだけ考える。
回収屋。異常を集める組織。戻ってこない。
情報としてはそれだけだ。
(……まあ、いいか)
結論は変わらない。
「来るなら来るでいい」
その一言で、部屋が静かになった。
レイヴンが苦笑する。
「ほんと変わってんな」
「そうか?」
「普通はもう少し危機感持つ」
「持っても変わらないだろ」
それは事実だった。
グレンは言い返せず、口を閉じる。
ナナは小さく頷いた。
「合理的ではある」
「合理的か?」
グレンが疑問を投げる。
「結果が変わらないなら、前提も変えない」
ナナは淡々と言う。
「カイルはそういうタイプ」
セラが笑う。
「いいね、分かってきたじゃん」
「分かりたくなかった……」
グレンは肩を落とした。
その時だった。
窓の外の空気が、わずかに変わる。
カイルが視線を上げる。
レイヴンも同時に気づいた。
「……来たな」
低く呟く。
気配が近い。
さっきまでとは違う。隠す気がない。
むしろ、見せている。
「おいおい、夜襲かよ」
レイヴンが舌打ちする。
グレンの顔が青くなる。
「もう来たのかよ!」
セラは笑っている。
「いいね」
「よくねえって!」
ナナは静かに立ち上がる。
「外」
短く言う。
全員が動く。
廊下を抜け、階段を降りる。ギルドの一階は、すでにざわついていた。
扉の外。
そこに、一人立っていた。
昼間の男とは違う。
もっと静かで、もっと冷たい。
(……強いな)
カイルは思う。
今までで一番分かりやすい。
危険だと。
「早いな」
レイヴンが言う。
「準備してくるんじゃなかったのか」
「準備はしてきた」
男が答える。
その声には温度がない。
「観察も終わった」
視線がカイルに向く。
「お前は確定だ」
「何がだ」
「回収対象として」
グレンが一歩下がる。
「……冗談じゃねえ」
男は気にしない。
「今回は連れていく」
はっきりと言った。
カイルは少しだけ首を傾げる。
「無理だろ」
「試してみる」
短い返答。
次の瞬間、空気が張り詰める。
周囲の冒険者たちが一斉に距離を取る。さっきよりも速い判断だった。それだけ、この男が危険だと分かる。
レイヴンが前に出る。
「今回は俺もいる」
「関係ない」
男は淡々と言う。
「邪魔なら排除する」
その一言で、場の空気が一段重くなる。
カイルは一歩前に出た。
視線がぶつかる。
静かな圧。
「……いいな」
男が小さく呟く。
「やっと“本体”か」
意味は分からない。
だが、軽い言葉ではない。
「来い」
男が言う。
それが合図だった。
次の瞬間、空気が弾ける。
戦いが始まった。




