第7話 エミリー
その日のうちに王城にアメリアの部屋が用意された。もう逃がさないとういう王室の意思が感じられた。
翌日。
エマが王城に入り、アメリアと再会した。
「お嬢様……!」
エマはアメリアを抱きしめ、涙を流していた。アメリアもエマにすがるようにして泣いた。
そこへ部屋のドアがノックされ、涙を拭いたエマがドアを開けると、そこにはジュリアンがいた。ジュリアンは泣きはらした二人を見て驚いた顔したが、すぐに申し訳なさそうな顔をした。
「……すまない。お詫びをしなければと思ったのだが、出直そう」
そう言って、ジュリアンが出ていこうとしたので、アメリアは止めた。
「お待ちください。どうぞ、お入りになって」
ジュリアンは室内に入り、ドアを閉めた。
「すまない。アメリアにはとても悪いことをしたと思っているよ」
アメリアは青い瞳に怒りを込めてジュリアンを見つめた。
「あなたはエミリー嬢を愛しているのでしょう? 私に情などないのに……。酷い人です」
ジュリアンは緑色の瞳を揺らし、うなだれた。
「アメリアに情がないわけではない。十二年、一緒にいただろう。共に国の未来も語ってきた。王として、王妃として支え合ってはいける」
アメリアはその言葉に涙を流し、ジュリアンの肩を数回軽く叩いた。ジュリアンは黙ってそれを受け入れた。
「もう出ていって……!」
ジュリアンはうなずき、部屋をあとにした。アメリアはその場に泣き崩れ、エマがアメリアの肩を抱き、共に涙を流した。
一方、ルイスがムーア領に戻ると、ひとりで帰ってきた主にパトリックは驚いた。
「アメリア嬢は……?」
ひどく疲れた様子のルイスは家に入りながら答えた。
「アメリアは、ジュリアン殿下の婚約者に戻った。王命だ」
それを聞いたパトリックは黙り、共に執務室に入った。
執務の机についたルイスは頭を抱え、いない間に溜まった仕事に目を通しはじめた。しかし、アメリアのことが脳裏にちらついて仕事に身が入らない。
――どうにかアメリアを取り戻す方法はないだろうか。
そればかり考えてしまう。しかし、一向にいい案は浮かばず、ため息ばかりが出てきた。ルイスは部屋の隅に控えているパトリックに視線を向けた。
「騎士を数名王都に送ってくれ。王室に動きがあれば知らせるように」
「承知いたしました」
執務室のドアが閉まり、ルイスは深い息をはきながら天井を見上げた。
「アメリア……」
そう呟いた声が、虚しく執務室に消えた。
アメリアとジュリアンは、アメリアの部屋でお茶をしていた。
「今日はいい天気だね、アメリア」
「ええ。殿下」
ジュリアンは困ったように首を横に傾げた。あれからというもの、アメリアは事務的にジュリアンに対応していた。どうしたらアメリアは、以前のアメリアに戻ってくれるだろうかとジュリアンが思案していると、珍しくアメリアから口を開いた。
「王都に戻って以来、ゆっくりと父と母に会えておりませんの。実家にしばらく滞在することを許してはいただけませんか?」
「ああ、気が利かなくてすまない。ゆっくりとしてくるといい」
ジュリアンはアメリアからのお願いが嬉しく、首を縦に振った。
アメリアは微笑みを浮かべ、礼を言った。
実家に帰り、ロバートとヴァネッサと再会したアメリアは、三人でリビングで話していた。ロバートが申し訳なさそうにアメリアに言った。
「すまない。このような結果になってしまって……」
アメリアは首を横に振った。
「陛下にあのようにお願いされてしまえば、断れないわ。だから、私も受け入れたの」
ヴァネッサはアメリアを不安そうに見つめた。
「王城での生活はどう? 不便はしていない?」
「不便ではないけれど、監視されているようで気分はよくないわね。逃げたりしないのに」
ロバートはそれに顔をしかめた。
「なら、よく王城を出してもらえたな」
「ジュリアン殿下に直接お願いしたのよ。王都に戻ってから両親に会えていないって。今、彼は私の顔色を窺ってばかりだから」
しばらく話した後、アメリアは自室に戻った。そして、机で手紙をしたためた。それをエマに渡した。
「エミリー嬢と話がしたいわ。これをジョーンズ邸に届けてちょうだい」
「かしこまりました」
エマが部屋を出たのを確認して、アメリアはふうっと息をつく。
――エミリー嬢から返信が来るといいのだけど……。
けれど、その懸念は杞憂で、エマは戻ってくると、返信の手紙を持っていた。それを受け取り、内容を確認すると、手紙には『わたしもアメリア嬢と話したい』と書かれていて、明日の十時に訪問することが決まった。
翌日。
アメリアはジョーンズ家を訪問すると、侍女が出てきた。
「アメリアお嬢様、お待ちしておりました。さぁ、こちらへ」
そう言って先導する侍女に、アメリアとエマはついていった。室内に通されると、そこには貴族学院時代のエミリーとは打って変わって、やせ細り、弱々しい彼女がいた。アメリアを見て、ほっと息をつき、倒れるようにしてソファーに座った。アメリアは慌ててエミリーに駆け寄った。
「いったいどうしてしまったの? エミリー嬢」
すると、エミリーは、はらはらと涙を流しはじめた。
「アメリア嬢、ずっと話したかった。けれど、あのときのあなたに話すことではないとも思って……」
エミリーはアメリアの手を握り、涙を流し続けている。
「話して、エミリー嬢。なにがあったのか」
エミリーはうなずき、少しずつ話し出した。
「わたしはジュリアン殿下と婚約する気なんてありませんでした。あなたと婚約破棄をしたから、わたしと婚約したいと言われたときには驚いてしまって……」
アメリアはそれに首を横に傾げた。
「つまりエミリー嬢は、ジュリアン殿下のことを慕っていたわけではないということ?」
エミリーはうなずく。
「わたしには愛する婚約者がいたんです。貴族学院を卒業したらすぐに結婚する約束をしていました。しかし、その婚約者もジュリアン殿下に遠慮して、去ってしまったけれど……」
アメリアは衝撃の事実に自身の頭に手を添えた。完全なるジュリアンの横恋慕だ。
「それで、王妃教育のための登城も拒否していたのね……」
エミリーはまたうなずいた。
「両親と話して、具合が悪いことにしたのです。そうすれば、いずれは諦めてくださるかと思っていました。ですが、ジュリアン殿下は、いまだにお見舞いにいらっしゃるのです。怖くてしかたがない……!」
そうなれば、このようにやつれてしまうのも無理はないと、アメリアはエミリーの背を撫でながら思った。それと同時にジュリアンに対して怒りがわいてきた。
「今、王室では私を王妃に据え、あなたを側妃にする動きが出ています。けれど、私も愛する人を見つけてしまったの。どうにかできないかと模索しているところ」
エミリーは泣きはらした顔を上げた。
「たしかムーア伯爵と婚約したはずでは……?」
「それが、ジュリアン殿下の婚約者の座が空席のままではいけないと、呼び戻されてしまって……」
それにエミリーは紫色の瞳を見開いた。
「わたしが家にこもっていたせいですね。申し訳ございません……」
「いいのよ。あなたは間違っていない。むしろ今までよく頑張ったわ。あとは、私に任せて。二人でジュリアン殿下から逃れましょう」
アメリアは立ち上がり、息をついた。そんなアメリアをエミリーは見上げた。
「逃れるって、どうやって?」
アメリアはエミリーに勝気な笑みを向けた。




