第5話 不穏な影
ムーア領に戻ってきてから数日後。
溜まっていた仕事がひと段落したルイスとアメリアは、久しぶりに三時のお茶の時間を庭のテラスで過ごしていた。アメリアはずっと気になっていたことを尋ねた。
「先日、王城で、私との婚約を望んでくださったとおっしゃていましたね」
ルイスはお茶を吹きそうになるのを堪え、咳き込んだ。
「……ええ。アメリア嬢が王太子と婚約を解消されたと聞き、俺から陛下にお願いしました」
アメリアは青い瞳で窺うようにルイスに視線を向けた。
「ならば、そうおっしゃってくださったらよかったのに……」
ルイスはバツが悪そうに口元に手をやった。
「一方的に婚約破棄をされたと聞いていたので、アメリア嬢は傷ついているだろうと思ったのです。なのに、俺がまた一方的に気持ちを押しつけるのは違う気がして……」
ルイスの思いやりに、アメリアは微笑みを向けた。
「ありがとうございます。ルイス様はずっと私に寄り添ってくださっていましたね。だからこそ、私は安心してここにいられました」
アメリアがルイスに手を伸ばすと、ルイスはその手を取った。そして、優しく手の甲にキスをするものだからアメリアは顔を赤らめた。今度はルイスがアメリアを窺うように視線を向けた。
「……もう気持ちを隠す必要はないでしょうか? アメリア」
アメリアは嬉しそうに微笑みながら、うなずいた。
「ええ、ルイ。私もあなたを愛しています」
ルイスは立ち上がり、アメリアを抱きしめた。アメリアもルイスの背に手を回し、それを受け入れたのだった。
秋も深まってきた頃。
夕食の席でルイスは言った。
「明日から領地の視察に行ってくる」
アメリアは食事の手を止めて、ルイスを見た。
「どのくらい?」
「一か月くらいかな。寂しいかい?」
アメリアは遠慮がちに小さくうなずいた。
「けれど、しかたがないわね。大事なお仕事だもの」
「手紙を書くよ」
「ええ。待っているわ」
二人は微笑み、食事を再開した。
翌日の朝。
ルイスは屋敷の前で同行する騎士五人と共に支度をしていた。そこにストールを羽織ったアメリアが見送りに出てきた。ルイスは支度の手を止め、アメリアを軽く抱きしめ、頬にキスをした。
「いってくる。留守を頼んだよ、アメリア」
「ええ。いってらっしゃい、ルイ」
アメリアは出立するルイスたちの無事を祈りながら見送った。
それから二週間ほどが過ぎ、この日も穏やかに過ごしていたアメリアのもとに執事のパトリックが部屋を訪れた。険しい顔でアメリアに手紙を差し出しながら言った。
「同行している騎士から緊急の知らせです。旦那様が何者かに襲われて負傷したと……」
それを聞いたアメリアは、顔色を青くしながら手紙に目を通した。
「ルイを庇った騎士が一名亡くなっているのね。ルイは療養中で、怪我は軽いようね……」
エマはアメリアの肩を慰めるように抱きしめた。アメリアは瞳を閉じて、小さく息をした。
「今は回復を祈るしか、できることはないわね……」
アメリアは手紙をぎゅっと抱きしめた。
それからまた三週間が過ぎ、この日はルイスが領主邸に戻ってくる日だった。
アメリア、エマ、パトリックは玄関から出て、ルイスの姿を待った。
包帯で右腕をつった状態のルイスが、アメリアに笑顔で手を振った。馬を降りたルイスにアメリアは抱きついた。
「生きていてよかった、ルイ……」
ルイスはアメリアの額にキスを落とし、アメリアを抱きしめた。
「心配をかけてしまったね」
アメリアは涙を流しながら首を横に振った。
パトリックがそんな二人に声をかけた。
「さぁ、お屋敷に入りましょう」
アメリアはルイスに寄り添いながらお屋敷へと入っていく。離れがたくて、ルイスの部屋にまでついていったアメリアは、ルイスにソファーをすすめられて座った。目の前で着替えをはじめたルイスにアメリアは恥ずかしくなり、そっと視線を逸らそうとしたが、そのとき肩に巻かれた包帯が目に入った。
「傷の具合はどうなの?」
「もうだいぶいいよ。ほら、着替えも一人でできる」
そう言って笑うルイスに、アメリアは不安げな表情を見せた。
「いったい誰に襲われたの?」
その問いに、ルイスは顔を険しくした。
「わからない。手練れだった。命を狙われるような恨みを買った覚えは……」
そこまで言って、ルイスは言葉を止めた。アメリアも顔を険しくした。
「もしかして、ルイもジュリアン殿下を疑っている……?」
ルイスは軽く笑って言った。
「いや、まさか。確証もない。今回は事故にあったと思うことにするさ」
アメリアはルイスのそばに寄り、包帯をなぞるように撫でた。すると、わずかにルイスは顔をしかめた。
「……またあなたが襲われたらと思うと不安だわ」
ルイスはアメリアの腰に手を回し、顔を近づけた。
「大丈夫だよ」
そう言って、アメリアを安心させるようにキスを贈った。




