第4話 王城からの手紙
アメリアが領主邸に来て、一年が経とうかという頃。
アメリアはロバートからの手紙を眺めていた。
――ジュリアン殿下とエミリー嬢の婚約がまだ発表されていない……?
アメリアはなぜかしらと不思議に思っていた。外聞があるから、アメリアとジュリアンの婚約破棄の直後に発表しなかったのはわかるが、もう一年が経とうとしている。なにかしらの問題があったに違いない。
エマはアメリアの表情が暗いことに気づき、尋ねた。
「どうかされましたか?」
アメリアはエマに視線を向けた。
「ジュリアン殿下とエミリー嬢の婚約発表がまだのようなの。なにかあったのかしら……」
「お嬢様が気にされることはありませんわ」
エマはアメリアのカップに紅茶を注ぎながらそう言った。
「……そうね。エマの言う通りだわ」
アメリアは紅茶を一口飲み、胸に沸いた不安を落ち着かせた。
それから数日後。
いつもなら執務をしている時間にルイスがアメリアの自室を尋ねてきた。その表情は重く、少しいらだった様子だった。アメリアは部屋のテーブルの椅子に腰かけていて、少し戸惑いながらも、正面の椅子をすすめた。
「ルイス様、どうかされました?」
ルイスは椅子に座り、アメリアに手紙を渡した。その手紙は王室の蝋が押されていて、アメリアは顔をしかめながら開いた。内容を読んで、さらに顔が険しくなる。
「私に登城の命令……。今さらなにかしら……」
ルイスはアメリアに真剣な表情を向けた。
「俺も一緒に登城しましょう」
ルイスの一言に、アメリアは少しだけ表情を和らげた。
「ありがとうございます。心強いです」
そうして、二人は王都へと出発した。
馬車が王都に入ると、馬車の窓には懐かしい景色が映った。けれど、哀愁に浸っている余裕もなく、馬車は王城の門をくぐった。
二人が馬車を降りると、ジュリアンに仕えるリチャードがすぐに出迎にきた。
「アメリアお嬢様、お久しぶりでございます。……ムーア伯爵もご一緒でしたか」
「久しぶりね、リチャード。ルイス様がご一緒では都合が悪いのかしら?」
リチャードは一瞬間が開いたが、首を横に振った。
「……いいえ。ご案内いたします」
リチャードは軽くお辞儀をして、二人を先導しはじめた。リチャードが出てきたということは、アメリアに用があるのはジュリアンだということだ。用件に心当たりがなくて、余計に不安になる。
案内されたのはジュリアンの私室だった。
――応接間ではなく、ジュリアン殿下の私室? 公的な用件ではなさそうね。
ジュリアンの私室は一年前と変わりなく、ジュリアンは立って待っていた。アメリアを見て、優しげな笑みを向けたが、その後ろにいるルイスに気づき、少しだけ顔を強張らせた。
アメリアはジュリアンにお辞儀をした。
「お久しぶりです、ジュリアン殿下。アメリア・フィリップスがご挨拶申し上げます」
同じくルイスもお辞儀した。
「ジュリアン殿下、ルイス・ムーアがご挨拶申し上げます」
ジュリアンは二人にソファーをすすめ、自身も向かいのソファーに座った。侍女がお茶を入れ終わり、退出するのを見計らってからジュリアンは話し出した。
「二人とも、遠くから呼び出してすまなかったね。アメリア、元気そうでよかった」
なかなか本題に入らないジュリアンを不思議に思いながら、アメリアはうなずいた。言い出しづらいのか、珍しくもじもじとしているジュリアンに苛立ちが募る。
「殿下、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ジュリアンは一息ついてから気まずそうに話し出した。
「……実はエミリーが王妃教育に耐えられず、登城しなくなってしまった」
アメリアはだから何だと思ったが、できる限り顔に表情を出さないように努めた。
「それが、わたくしとどのような関係があるのでしょうか?」
つい棘のある言い方をしてしまい、ジュリアンは驚いた顔でアメリアを見たが、すぐに顔を逸らした。
「それで、アメリアを王妃とし、エミリーを側室にしたらどうかという話が出ている。アメリアは十二年もの間、王妃教育に努めてくれた。あなた以外に王妃に相応しい人はいないと……」
それを聞いたアメリアは怒りがわいたが、深呼吸して耐えた。
――今さら戻れと、この人は言うのか。
アメリアの中で、ジュリアンに対する信頼が崩れていくばかりだ。アメリアが言い返そうとしたそのとき、ルイスは低い声で静かに言った。
「それはあまりにも身勝手ではありませんか? あなた方は、アメリア嬢をものかなにかと勘違いされているようだ」
アメリアは、はっとルイスの横顔を見ると、その顔は怒りに満ちていた。相手がジュリアンでなければ、殴りかかっていてもおかしくない顔をしている。
ジュリアンも呆気に取られているようで、ルイスを見て固まっていた。
ルイスはさらに続けた。
「アメリア嬢は、あなたが希望して手放した。今では俺の婚約者だ。俺はアメリア嬢と婚約を破棄するつもりはありません」
ジュリアンは唾をのみ、ルイスに視線を合わせた。
「ムーア伯爵のおっしゃることはわかります。たしかにわたしがアメリアとの婚約を破棄した。しかし、このままではわたしが王になったとき、王妃の座が空席になってしまう。わかってはいただけないだろうか」
どこまでも身勝手なジュリアンに怒りを通り越して呆れてきたアメリアは、怒り狂ってジュリアンを殴りそうなルイスを落ち着かせようと、ルイスの膝に手を置いた。ルイスはその手に自身の手を重ねた。
「殿下、申し訳ございませんが、わたくしもムーア伯爵と同じ気持ちです。ムーア伯爵との婚約を破棄するつもりはございません」
アメリアはそう言って、ルイスに視線を向けると、嬉しそうなルイスがいた。お互いに微笑みを交わした。その様子を見ていたジュリアンは、わずかに顔を引きつらせた。
「この一年で随分と仲良くなったようだ」
ルイスはジュリアンに見せつけるようにアメリアの手を優しく撫でた。
「ええ、殿下がアメリア嬢との婚約を破棄してくださったおかげです。ありがとうございます」
ジュリアンはルイスの嫌味に小さく息をはいた。
「たった一年だろう? わたしはアメリアが幼い頃より共にいたんだ」
その一言を聞いたルイスは、ジュリアンに鋭い視線を向けた。
「ならばなぜ、アメリア嬢との婚約を破棄したのですか?」
ジュリアンはぐっと言葉に詰まり、黙った。ルイスは険しい表情で続けた。
「俺はアメリア嬢との婚約を望み、陛下にお願いしたのです。アメリア嬢を傷つけたあなたにお返しするくらいなら、こんな国、出ていってやりましょう」
その一言にアメリアは驚き、ルイスの腕を掴んだ。
「めったなことを言ってはなりません、ルイス様」
ルイスは腕に添えられたアメリアの手に自身の手を添えて、再びジュリアンに視線を向けた。
「……もうお話はおしまいでしょうか」
ジュリアンは力なくうなずいた。
「……ああ。もういっていい」
アメリアとルイスはジュリアンにお辞儀をしてから退出した。
馬車に乗り込むと、ルイスは王城を見上げながら言った。
「あれがこの国の王太子とは……。この国は大丈夫なのか?」
「……とても優秀な方だったのですが、いつからか変わってしまった」
アメリアも複雑な心境で王城を見上げた。
馬車はアメリアの実家へと向かい、アメリアは久しぶりに父と母と再会した。お互い変わりないことを喜び、視線は自然とルイスへ向かった。
ルイスは父のロバートと母のヴァネッサにお辞儀をした。
「お久しぶりです、フィリップス公爵、公爵夫人。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「遠路はるばるよくいらっしゃいました。リビングでお茶でもしながらお話ししましょう」
そうロバートは言って、アメリアとルイスを屋敷へと招き入れた。
リビングでお茶を飲みながら、アメリアはジュリアンからの話を両親に話した。それを聞いていたロバートとヴァネッサの表情はだんだんと険しくなっていく。とうとうロバートは怒りをあらわにして言った。
「なんだその話は。このわたしに話を通さず、アメリアをムーア領からわざわざ呼び出し、そんな戯言とは、馬鹿にしているのか!」
隣に座るヴァネッサもうなずきながら、ロバートをなだめた。
「落ち着いて、あなた。――結婚する前から側室がいるなんて、そんなひどい話をよく言えたものだわ」
ロバートは息を荒くしながら、なんとか席に座っている様子だった。
「王室にはわたしからも抗議をいれておく。断って正解だ、アメリア」
両親二人がそう言ってくれて、アメリアはほっと息をついた。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
ヴァネッサはうなずき、アメリアを愛おしげに見つめた。
「それよりも、ムーア伯爵とうまくいっているようで安心したわ」
アメリアは微笑み、ルイスを見上げた。
「とてもよくしてくださっています」
ルイスはアメリアのその言葉に微笑みを返した。
二人の微笑ましげな様子に、ロバートとヴァネッサは安心したようだった。




