第三十九話◇10分だけ、会えませんか。〜財前慶一郎視点
◇◇財前慶一郎視点
「ねえねえ、クリスマスってどうするー?」
「みんなでチキン買ってパーティーしようぜ!」
久しぶりに参考書を買う為に四之宮と一緒に街に出ると、喧騒の中で楽しげに話す男女の声が聞こえてきた。
(…くそっ、クソクソクソクソ! 羨ましい羨ましい羨ましい…)
僕は心の中で血の涙を流す。
「──寒くなってきたな。季節の変わり目で体調を崩さないように気をつけねば。念の為出かける際は必ずマスクをした方が良い。それと実は眼球も粘膜だから目からウイルス感染する恐れがある。
故に受験期はコンタクトではなく、眼鏡をかけるのが有効だ。いいバリアになってくれる。特に花粉用のフード付きのものがお勧めだ」
「──わかった」
僕は隣の四之宮のうんちくを聞きながら、キラキラと輝くイルミネーションを切ない気持ちで見つめる。
──12月になってしまった。桜子さんから『受験が終わるまで会わない』と言われてから三ヶ月。
僕はあれから、一度も桜子さんに会っていない。
本当は会いたくて仕方なかったが、無理矢理会いに行って、万が一嫌われたり呆れられたりしたらどうしようと思ったら行動に移す事が出来なかった。
桜子さんの送ってくれたお守りをぎゅっと握りしめながら、会いたすぎて本当に泣きたくなって来た。
だが、桜子さんに嫌われない為にもしっかり勉強していた。常に四之宮と共に一位をキープし続けている。
これで、もし落ちたら合わす顔がないからだ。
──ふとした瞬間に桜子さんが僕の脳裏に現れる。
『慶一郎様っ、大好きですっ』
頰を染める桜子さん。
『…慶一郎様っ、キス、凄く気持ちいいですっ』
そう言って物欲しげな顔で目を潤ませる桜子さん。
(──どういうことだ!煩悩に塗れた妄想ばっかりじゃないか!!)
僕は慌てて煩悩を振り払うと、隣にいた四之宮に話しかける。
「あの本屋の参考書の品揃えがピカイチだ。受験までにもう一冊くらい違う参考書を3周はしておきたい」
そんな事を話していると、手に取ろうとした参考書に同時に手を伸ばした人がいた。
──振り返ると、それはなんと天宮だった。
「…驚いた。君と僕は随分と好むものが似ているんだな。」
そう言って天宮が笑いかけてきた。
「久しぶりだな」
僕が複雑な気持ちで挨拶をすると、まるで面白がるように天宮が言った。
「うん。久しぶり。それよりこの参考書、一冊しかないけれど、どうしよっか?」
その言葉に僕は面食らってしまう。
──すると、四之宮が溜息を吐いてから、近くの男性店員に話しかけた。
「すみません。この参考書、もう一冊ありますか?」
すると彼は満面の笑みで頷く。
「はい、ありますよ!このシリーズは人気がありますからね!」
言いながら下の棚から同じ参考書を引っ張り出してきた。
「──はい、どうぞ。」
僕は参考書を店員に渡され、なんとも言えない気分になってしまった。
「──参考書くらい、いくらでも手に入れる手段はある。中身だけ立ち読みした後、今ならネットで翌日か遅くても2日後に届くように買う事が出来る。
あまり、くだらないことで張り合うな。」
そう言って四之宮が眼鏡をクイッと上げた。
「ふふっ、四之宮君だっけ。君はいつも冷静だね。
じゃあさ、もし知り合いと同じ子を好きになっちゃったら君はどうするの?」
天宮の言葉に四之宮が何とも言えない顔をした。
「──あと少しで受験なのにそんな事を考えるのはあまり合理的とは言えんと思うが。
くだらん事を考えてないで勉強しろ」
「…ええっ、そんな事ないと思うけどなぁ…。…まあいっか。じゃあね、二人とも!」
そう言ってひらひらと手を振って行ってしまった。
「──四之宮は欲しい参考書はないのか」
「ああ。僕はもうさっき買った」
(──こいつ!いつの間に!)
僕は四之宮の素早さに戦慄した。
ふと街を歩いていると、桜子さんの気に入ってくれていたカエルのぬいぐるみとウサギの可愛らしい加湿器が目に入った。
「──加湿器か。受験生には必須のアイテムだな。
まあ、我が家は家族全員が一台ずつ所有しているが」
四之宮の言葉で僕は気づくとぬいぐるみと加湿器を持ってレジに行っていた。
「…買ってくる」
「随分と可愛らしい趣味だな。まあ、確かに癒されそうだが」
その言葉に僕は首を振る。
「…違う。僕のじゃない。桜子さんのだ」
その言葉に四之宮は目見開いた後、ふっと目元を綻ばせた。
「──そうか。プレゼントを渡すくらいなら許されるだろう。あんまり羽目を外すなよ」
「っ、ああ!!」
こうして、僕は桜子さんに会う口実を得ることに成功した。
──そして、クリスマスイブの2日前。
手を綺麗に洗ってからテーブルの上にスマホを置いて、その前に正座する。
僕はドキドキしながら桜子さんにメッセージを送った。
『明後日、10分でいいので会えませんか?
クリスマスプレゼントを渡したくて。
──桜子さんの家の最寄駅まで渡しに行きます』
すると、すぐに既読になったのに全然返事が返ってこない。
(──そんな!!!ど、どうしよう、約束を破る不届者だと思われただろうか…)
僕はなんだか泣きそうになってきた。
すると15分ほど経過した後、桜子さんから返信が返って来た。
『…10分だけですよ?』
その言葉に僕は歓喜して思わず叫ぶ。
「──よっしゃああああああ!!!!!」
僕は久しぶりにテンションが上がりすぎて何故だか無性に筋トレしたくなった。
階段を降りると、母が訝しげな顔で尋ねて来た。
「──ちょっと慶一郎?! 何叫んでたの?!」
「母さんっ! 気分転換に筋トレしてきますっ!」
僕は母が唖然とするのを尻目に外に駆け出していく。
「うおおおおおおおお!!!!」
(やった!やった!やったーー! 桜子さんに久しぶりに会えるっ!!)
僕は嬉しくて、二時間ほど筋トレしてプロテインを飲んだ後家に戻った。
◇◇
(──早く来すぎてしまった。どうやって時間を潰そうか)
僕は、約束の時間より20分も早く駅に着いてしまった。
すると、スマホに通知音が鳴った。
『…もう駅前に着いてしまいました。今どこですか?』
桜子さんからだった。
そのメッセージを見て僕は駅の階段を駆け上がる。
すると、車を降りる白いコートを着た桜子さんの後ろ姿が見えた。
「──っ、桜子さん!!」
僕は思わず叫ぶ。
すると、桜子さんの身体が一瞬びくりと震えた。
そして、彼女が驚いた顔で振り向いた。
大きな可愛らしい目がさらに大きくなる。
「…慶一郎様っ」
(──っ!!桜子さんだ、桜子さんだ、桜子さんだ!!)
僕は無意識に駆け出して、彼女の事をきつく抱きしめていた。
「──会いたかった!!」
彼女は驚いたまま固まっていたが、照れたように下を向いた。
「…もう、恥ずかしいです…」
その顔も可愛すぎて僕は思わず口元がだらしなく緩みそうになる。
「あの、10分ということですが、寒いので出来たらお店に入りませんか。風邪を引いたら大変ですし」
すると、桜子さんが少し恥ずかしそうに顔を晒した。
「…予定より20分早く来たので、その。30分は大丈夫ですわ」
その言葉に僕は嬉しすぎて彼女の手を両手でぎゅっと握ってしまった。
「──ああっ、桜子さんの時間が30分も貰えるんですかっ!!本当に最高のプレゼントだ!」
僕がそう言うと、彼女が再び目を丸くした。
「…時間なんかじゃなくて、私だって慶一郎様へのプレゼントくらい、その。用意してます」
そして、顔を赤くして僕の方をチラリと見て来た。
(可愛い可愛い可愛い可愛い…!)
「行きましょうっ!」
僕が上機嫌で彼女の手を握ると、桜子さんは耳を赤くしながら視線を逸らした。
「…もうっ、」
チラリと彼女の顔を覗き込むと口調は呆れた感じなのに、表情はどこか嬉しそうでニンマリしてしまう。
こうして三ヶ月ぶりに僕達は会う事が出来た。




