第三十六話◇恋煩い。〜伊集院桜子視点
◇◇伊集院桜子視点
(きゃあああー!!!)
私は車に乗った後、思わず熱った頰を抑えてしまいました。
切なげに歪められた慶一郎様の色気たっぷりのお顔。
そして、熱い息遣いを思い出してしまい、思わずジタバタしたくなってしまうのを懸命に堪えます。
「──お嬢様。お疲れ様です。合宿はどうでしたか?」
運転手の永野さんに話しかけられて、顔をあげます。
「そうですね。とても有意義な時間でしたわ!違う授業だったのでお昼だけでしたが、慶一郎様にも毎日お会いできましたし。」
「そうですか。それにしても慶一郎さんは今時珍しいくらいの好青年ですよね。あ、あと10分くらいで着きますからね。」
その言葉に私は深く頷きます。
「そうなんですっ!!合宿中も凄く紳士的で…。」
そんな中、ふとランチの際に皆さんが話していたTE◯GAというものがどういうものかまだ調べていなかったことに気がつきました。
私はいそいそスマートフォンで調べると、目を見張りました。
『──桜子さんは知らなくていいです。』
慶一郎様の言葉が頭に過ります。
(え、これってまさか、慶一郎様もこれを、使ってらっしゃる…ということでしょうか…。)
ジワジワと不埒な想像をして、私の頰はさらに熱を持っていきます。
(こ、こんなもの使わなくても、わ、私に言って下されば…。)
「──お嬢様、着きましたよ?お嬢様?」
カァアアッと頭が沸騰しそうになったところで、永野さんに声をかけられました。
「な、なんでもないです!ありがとうございました。」
(きゃああああ!!!)
私はペコリと永野さんにお辞儀をすると足早に玄関の中に入りました。
「た、ただ今帰りましたわ!!」
私が声をかけると母が出迎えてくれました。
「あら、桜子さん。お帰りなさい。合宿はどうでした?」
「──っはい!大変でしたが、とても有意義に過ごせましたわ。とても規則正しく琵琶湖ランもあったので、健康にも良かったと思いますし。」
すると、母はホッとしたように息を吐きました。
「そう。スマホを回収されて連絡が取れなかったから、それを聞いて安心したわ。
──手を洗ってきなさい。貴方の好きな栗羊羹を用意したわよ。一緒に食べましょう。」
そう言われて嬉しくなってしまう。
「──っはい!あ、そういえば慶一郎様のお母様がこれを下さいました。」
「…まあ!千歳鶴の純米大吟醸じゃない!くれぐれも宜しくお伝えしておいて。私も後で電話します。」
母と二人で羊羹を食べてお茶を飲んだ後、自分の部屋に戻りました。
ぽすんっとベッドに仰向けに横になると、先ほどの慶一郎様の姿が脳裏に浮かんできます。
少し乱れたワイシャツに、切羽詰まったようなお顔で私の顔の横に手をついて…。
(…もしあの時、電話が来なければどうなってしまっていたんでしょうか。)
考えるだけで身体の体温が一気に上がってしまいます。
(私、あの時──嫌だと思うどころかむしろ…寧ろもっとして欲しかった…。)
私はいつの間にか、うとうとと眠ってしまっておりました。
夢の中では慶一郎様と私が無我夢中でキスをしておりました。
『桜子さんっ、もう我慢できませんっ!!』
はぁっ、はぁっ、と甘い息が重なり合い、慶一郎様が顔を必死に何かを堪えるように歪ませて、ワイシャツを脱ぎます。そして、私を押し倒し──。
──がばっ!!
私は勢いよく起き上がると、自分の顔が熱くなっているのに気づきました。
「わ、私ったら、なんていう夢を見ているの?!な、なんてはしたない…。」
私は合宿のテキストを取り出すと、一心不乱に復習を始めました。
(り、理性を取り戻さなければならないわっ!)
けれど、熱くなった身体はなかなか鎮まってはくれませんでした。
◇◇
「──慶一郎様っ!!お久しぶりです!」
その翌週。私は最初に勉強会デートした日比谷図書文化館で久しぶりに慶一郎様と待ち合わせしていました。
「…っ、桜子さん!!」
(…あら?なんだか顔色が悪いような。)
いつも通り麗しいお姿ですが、どことなく疲れているような気がします。そして、何故か前よりもさらにお身体が逞しくなったように見えます。
「慶一郎様。体調は大丈夫ですか?どことなく疲れているように見えるのですが…。」
私がそっと頰に触れると、肩がビクリと跳ねて、慶一郎様が目を逸らしました、
そのお耳は真っ赤になっています。
(…慶一郎様?)
「…大丈夫です。行きましょうか。桜子さんは合宿から帰った後、体調はいかがですか?」
そう言われて私は一瞬固まってしまいます。
──実は私もそんなに眠れておりません。
あれから、どうしてもベッドの上に横になると息を乱した慶一郎様の顔が頭によぎり、興奮して起きてしまうのです。
そんな私の顔を慶一郎様が覗き込んできます。
「──クマが出来ています。」
そう言って、今度はそっと慶一郎が私の目の下にゴツゴツとした指を添えてまいりました。
「っぁ、」
その瞬間ビクリと肩を震わせて、思わず慶一郎様を見つめてしまいます。
──まだ朝早いというのに、二人の間に何か勉強とは違う空気が流れ始めてしまいました。
「──っ、すみません。行きましょうか。」
そう言って、慶一郎様が顔を真っ赤にして俯きました。
手をそっと繋ぐと、指の感触だけでなんだか変な気持ちになってしまいそうです。
「…キスしたいです。」
気がつくと、私はそんな事を口走っていました。
(──私ったら!今日は勉強に来たのに、なんということを…。)
そんな事を思うのに言ってしまった言葉は元に戻りません。…すると、慶一郎様が顔を真っ赤にしたまま目を見開きました。
「っ、ちょっとこっちに来て。」
いつもと違い、慶一郎様の話し方が少し乱れており、胸がドキドキしてしまいます。
二人で誰もいない人目につかない木陰まで早足で歩いて行くと、切羽詰まったようにキスをしました。
誰にも見られてはいないとはいえ、外だというのに私達のキスはどんどん深くなっていき頭がクラクラしてきてしまいます。
唇を離すと、苦しそうに顔を歪めた慶一郎様が見えました。
「──会いたかったです。すっごく。」
「…私もですっ。」
(──どうしましょう。こんな状態で勉強なんて出来るんでしょうか。)
そんな事を思っていると、慶一郎様がハッとした顔で立ち上がりました。
「…すみません。もう少しで受験なのに。行きましょう。」
そう言って二人で建物の中に戻ります。
なんとか席に座って勉強し始めたものの、二人ともいつものように集中出来ません。
──ついつい気が付くと、お互いの顔を見ていて、目が合う度に赤面してしまいます。
二人で前回の復習をした後、赤本を解いて交換して採点してみました。ですが、慶一郎様らしくないケアレスミスを二箇所もしていました。
そして、私はと言うと…。
「…桜子さん。あの…。回答している問題の答えが前後しているような気がするんですが。」
そう言われて思わず目を見開きます。
「…本当ですわ、ね。」
思わず顔を見合わせてしまいます。
「──桜子さん。お互い調子が悪いようなので、今日はこの後お昼を食べたら解散しませんか?」
少し辛そうに慶一郎様が言ったので、私は息を呑んでしまいます。
そして、ポツリと呟きました。
「…一緒にいたいですけれど、多分一緒にいたら勉強じゃなくて、どうしても慶一郎様のお顔ばかり見てしまいますわ。」
私がそう言うと、慶一郎様が苦笑します。
「…僕も桜子さんの顔ばかり見てしまって、すみません。」
「──行きましょうか。」
そう言って、少し早めにカフェでテイクアウトのメニューを買って二人で日比谷公園のベンチに座ります。
「…慶一郎様。」
「はい。」
私は出かかった言葉を必死で飲み込みます。──それが正しいと思っても言いたくなかったからです。
「──なんでもありません、」
私はその日、家に帰ると考え込んでしまいました。
(…好きすぎて、慶一郎様の事を考えると、何も手につきません…。)
◇◇
「…桜子。どうしたの?今回調子悪かったね。」
その翌週の学力テストで、いつも三位以内入っていた私は、16位まで落ちてしまいました。朱里さんが心配したように眉尻を下げます。
知識は確かに入った筈なのに、物凄くケアレスミスが多かったのです。
──そして。
「…ねえ。財前君のこと、聞いた?」
朱里さんの言葉に私は思わず顔を上げます。
「…慶一郎様に何かあったんですか?」
「──テストが終わった後、倒れたらしいよ。
病院では寝不足と疲労って診断されたらしいけど。
四之宮君が心配して『伊集院さんと何かあったんだろうか』って。」
その言葉に私は思わず呆然としてしまいます。
(…そんな。)
私の最近の浮かれていた気持ちが一気に萎んでいってしまいました。




