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失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
9/45

警察辞職と離婚

 五

 三人で鳥金で飲んだ三日後、捜査一課に再び他殺遺体発見の情報が飛び込んだ。


 遺体の身元は新藤大和、三十五歳、外務省総合外交政策室勤務。練馬区桜台二丁目36番地、グリーンマンション502号。


 遺体発見現場は芝浦埠頭、レインボーブリッジ下に顔を下向きにして浮いていたのを付近を通りがかった釣り船の乗船者によって発見された。


 最初報告を受けた所轄の三田警察署署員が臨場し、遺体を確認。所持品などから身元が判明。遺体は腹部に2か所の刺創があり、殺害されたことが明らかであった。


 鑑識によれば、死因は腹部を刃物で刺されたことによる失血死、遺体の死後硬直の状態から死亡推定時刻は前日の夜九時から十時の間であると報告された。


 ガイシャが外務省勤務であり、山根沢春樹の殺害事件と何らかの繋がりがあるとみて、捜査一課長は現在、捜査中である捜査一課四係の関連事件として松坂管理官に預けた。


「深さん、困ったことになりましたね。新藤さんが殺されたなんて、思いもよらなかったですよ」と柳瀬の顔色は白く、ショックの度合いが伺われた。


「うむ……。そうだなぁ」

 深川はそう言うしかなかった。自分らの責任も大いにあると思っていた。あの資料を黙って持ち出したことがバレたのかも知れない。


 だが、そうだからと言って殺されるなんてことは普通ではないことだ。そんなことを考えていたら、

「おい、深川! 柳瀬と一緒に刑事局長室へ行け。また、何かやらかしたのか?」と怒鳴られた。


 松坂管理官だ。その顔は般若のように見えた。


 深川はネクタイを締め直して柳瀬を伴って岸山刑事部長室まで歩いた。隣にいた柳瀬の顔は蒼白だった。二人は刑事部長室のドアをノックし、名乗った。


「おう、入れ」と中から声が聞こえた。


 二人はドアを開け、並んで敬礼した。


「まぁ、座れ」岸山は既にソファに座っていた。


「何で呼ばれたか分かるか?」


「はい」


「自分勝手に捜査するのは警察組織ではあってはならないのだ。それを各人がやったら収拾がつかなくなる。前にも言われていた筈だ。二人には捜査一課から外れてもらう。分かったな」と岸山は何時になく怒っていた。


「ちょっと待ってください。自分はいいとしても、柳瀬はおれの命令通りに付いて来ただけです。許してあげてください」深川はテーブルに額が突かんばかりに頭を下げた。


「そうか」と言って、二枚のうち一枚の紙切れを破った。


 残りの一枚を深川に渡した。そこには辞令が書いてあった。『右のもの交通部交通総務課への移動を命じる』となっていた。


「私にもどうにもできないのだ。許して欲しい」と岸山の一言。


 二人はそのまま最敬礼して刑事部長室を去った。帰りの廊下を歩いている時に、

「深さん、大丈夫ですか?」と柳瀬は心配して深川の顔を横から覗き込んだ。


「あぁ、予想通りだよ。おまえはどうやら大丈夫そうだな」


「はい。深さんの進言が効いたようです。ありがとうございます」


「良かったな」

 だが、深川の言葉は弱々しかった。


 深川は捜査一課にある自分の机に向かって辞表を書いた。こうなるとは予想していた。その時は自分が警察を辞める時だと決めていた。


 今回の殺人事件にも捜査一課はまともに捜査をしていない。おそらく今度殺された新藤を殺害した犯人もうやむやになるに違いない。そんな警察に長居は無用だ。


 捜査一課は前の山根沢春樹殺害事件と今回の殺人事件は関連があるものと考え、丸の内署に合同捜査本部を設置した。


 案の定、松坂管理官がその指揮を執ることが決まったものの捜査本部での捜査は一向に進まず、深川も警視庁を去ったためか誰も精力的に動く捜査員はいなかった。


 深川が去った後の柳瀬の話では、真剣に捜査に臨もうとすると周囲から白い目で見られると言っていた。


 深川は鳥金で柳瀬と最後の酒を交わした。

「深さん、辞めて良かったですよ。おれも辞めたいですよ。あんな捜査一課じゃぁ、いても仕方がないですよ」と諦めきった話し方だった。


「そうなのか」


「そうですよ、一日中机に座って報告書ばかり書いている毎日です。外に出て聞き込みや張り込みなどもできません。捜査会議でも直ぐに終わりますし、形だけの会議ですよ。事件を解決しようとの意思を感じません」


「うむ……、おまえに辞めろとは言えないなぁ」


「これから深さん、どうするんですか?」


「分からんが、今までの仕事を生かすとすれば、探偵事務所でもやろうかと思っているんだよ。今までの貯金が少しはあるしな……」


「奥さんは何て言ってるんですか?」


「家内か? 家内は離婚届を残して家を出て行ったよ。どうでもいいってことだ。娘だけがおれの味方かも知れん」


「それは深さん、泣き面に蜂ですね。おれも深さんに雇ってもらおうかな?」


「馬鹿言うな。おまえは捜査一課に居座って俺に情報を流してくれよ。まだ事件のことが気になるのでな」


「分かりました。時々会って飲みましょうよ」


「そうだな」


 そう話したきりで、その後柳瀬とは何度か飲んだが、それも次第に回数が少なくなった。事件の方も犯人の目星は立たず、迷宮入りの様相を呈していた。


 これが十年前深川に起こったことだ。


 私が深川の事務所を尋ね、夫の春平を探して欲しいと依頼した時、深川にそんな過去があったなんて私はもちろん全く知らなかったし、深川もそのことについて何も話さなかった。


 その段階で深川が私にそのことを話しても春平の失踪とどういう関りがあるのかなど結びつかないと思ったからだろう。


深川はとうとう警察を辞めたんだ。

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