華との捜査開始
ここからいよいよ第三章です。
第三章 潜入
一
深川は探偵事務所のソファーでコーヒーを飲みながら考えていた、
若妻の私が依頼した失踪者の捜索、十年経ってもその苗字は憶えていた。山根沢春樹。外務省の官僚。今度の依頼主も山根沢真里花、失踪した夫は山根沢春平、外務省総合外交政策室。
調べればすぐに分かることだが、依頼主の私が事務所に来てその名前を聞いた時から十年前の事件が頭に過っていたのだった。その捜査のために警察を去ることになったのだから……。
「お父さん、この名前、何か記憶にあるのね?」と華は堪の鋭いところを見せた。
「あぁ、あるよ。いい思い出ではないがな」
「それを詳しく話してね。そうじゃぁないと調査できないからね」
深川は十年前の事件のことを全て娘の華に説明した。
外務官僚の山根沢春樹が日比谷公園で刃物で殺害されたこと、その後、同じ総合外交政策室の新藤大和も刺殺されたことも詳しく話した。そして捜査一課はその二つの事件については上層部からの指示で捜査できずにいたことなども。思い返すと腹が立った。
華はそれをじっと聞いて腕組みして考え込んだ様子だった。
「警察組織でもそういうことがあるのね。国民を犯罪から守るための組織なのにねぇ」
「そうなんだよ。どこにでもドンってやつがいるんだな」と深川の意味深な言葉に華は興味がありそうだった。
「ドンって誰?」
「分からん。分からんが大体の予想はついている」
「誰よ。警視総監とか?」華は興味津々だった。
「うむ……。もっと偉い奴がいるんだな。警視総監ってのは、警視庁のトップなんだよ。警視庁は東京の警察なんだな。言ってみれば東京という地方の警察のトップなんだよ。まぁ、これ以上は訊くな。いずれは分かることだ」
深川はこれ以上華に話して、華が色々調べると華自身の身に降りかかる災難が心配だった。
外務省と警察、上で繋がっている。刑事部長などまだまだ末端なのだ。
まずは今回のクライアント、山根沢真里花の依頼を解決しなければならない。山根沢春平の捜索だ。もしかすると山根沢真里花には言えないが、死んでいるかも知れない。
「お父さん、どこから調べたらいいの?」
「前にも言ったけど友達関係だな。それに仕事関係だ。クライアントの真里花の話では自分自身でかなり調べているようだからなぁ。それと共に十年前の山根沢春樹、新藤大和の殺害事件は必ず繋がっている。結局、山根沢春樹は山根沢春平の父親だということが分かった」
「えぇ、もうそんなことも調べたの?」
華は右掌を口に当てた。驚いたという仕草だ。深川はソファーから立って、自分の机の引き出しから何かの用紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
「これを見ろ。山根沢春樹の戸籍謄本だ。これは十年前に取ったものだ。その時は気に留めなかったが、春樹の子どもは二人いて、春平と二歳下の妹の佑香だ。春平の生年月日を見てみろ。間違えはない。親子だ。しかも同じ外務省の総合外交政策室の勤務だ」
「そうねぇ、本当だわ」
「そうすると十年前の事件と今回の春平の失踪は必ず繋がっていると考えていいだろう。十年前新藤大和が殺された事件では、彼が手に入れた資料から当時室長だった山根沢春樹は宗教法人との関係を調べていて殺された可能性が高い。その時の教団はKの会となっていて正式な名称は分からなかったのだよ。十年経った今、自由民政党と密接につながっている教団Kの会は『国民真理の会』だ。国民真理の会は届け出された信者数は創立学会ほどではないが、百五十万人を超えているとされている。彼らは選挙で自由民政党の候補者を集団で応援しているんだよ」
「そうなの。それじゃぁ、自由民政党も国民真理の会を切れないわね。春平さんの失踪については十年前の父親春樹の殺害された事件を調べなければならないわね?」
「その通りだ」
深川は十年前から警察上層部と外務省あるいは文化庁の上部は国民心理の会で繋がっているのではないかと考えていた。まずはその辺を調べようと思った。
「華、文化庁のホームページを開いてくれないか? そこに宗教法人の役員の名前など載っているかも知れないからな」
深川は十年前まで全くのアナログ人間でパソコンなどに触ると蕁麻疹が出る程だった。そのデジタルアレルギーがまだ残っていて、その仕事は華の役目だった。
「あったわよ。見てこれ」
そこには、教団の理事として二十三名の氏名と役職が写真入りで掲載されていた。華はそのコピーを印刷して深川に見せた。深川はそれを見て驚いた。理事の中に警察庁長官の夏川順吉と外務省事務次官の宍倉紘一とあった。
「華、これを見ろ」と深川はコピーを指で示した。
「警察庁長官と外務事務次官ね。これで繋がったようね。うむ……。国民真理の会で繋がっているという訳ね?」
「そうだ。この二人がいつから理事になっているか調べられるか? 特に十年前の名前が必要だ」
「それは難しくはないわ。過去の役員のメンバーを見れば分かるわ。ちょっと待ってて」
深川が考えるに十年もそのポストが続いているとは思えなかった。どちらも一年か二年であろう。
「お父さん、分かったわよ。ネットに出ているわ。予想通りよ。大体一年か二年、長くても三年で交代しているわ」
「名前は分かるか?」
「十年前の山根沢春樹が殺害された時の警察庁長官は坂巻洋一郎、外務省事務次官は立浪甚次となっているわ」
「そうか。おれ自身も十年前の事件には何か不消化のままでいた。解決できるものであればそうしたい。当時、捜査一課で俺の下で捜査をしてくれた男がいる。まずはそいつに頼んでみるよ。柳瀬っていう男だ」
「柳瀬さん? 今も捜査一課にいるの?」
「あぁ、いるよ。偉くなっているよ。よく我慢してな……」
柳瀬はその間、巡査部長から警部補へ、そして四係では係長へと出世していた。
深川とすれば、十年前のあの時柳瀬自身も退職し、一緒に探偵の仕事をしたいなどと言っていたが、そうしなくて良かったと思った。




