柳瀬からの情報
二
三日後の夜、深川と柳瀬は久しぶりに鳥金にいた。
十年前に退職して何度か二人で酒を飲み交わしたが、徐々に関係が薄れて会う機会が少なくなった。それはそうだ。最近は電話でしか話したことがなかった。十年は長い。十年一昔と言うが、互いに風貌も変わり、性格も柔らかくなっていた。
鳥金は十年前と殆ど変わっていない。ガード下のうるさい飲み屋でベニヤ板のテーブルの姿形も染みだらけで進歩はなかったが、それが却って客にとっては親しみを感じさせるのだろう。
「柳瀬、おまえ出世したなぁ。係長だそうじゃないか?」と深川はまるで自分の弟か子どもを見るようなしみじみとした優しい目つきだった。
「はい。なぜか、分かりませんがね、一課長の推薦がありまして……。深さんの方はどうですか?」
「あぁ、ぼちぼちやってるよ。ところでな、おまえ、十年前の山根沢春樹と新藤大和の殺人事件は覚えているか?」
「えぇ、もちろんです。覚えていますよ。深さんが辞めてからしばらくして捜査本部が解散しましたよ」
「そんなんでご遺族は納得したのか? まったくホシが上がらなくて遺族は何も言って来なかったのか?」と深川はやや興奮気味だった。
「その点はおれにも分かんないんですよ。上層部が口を封じたようなんですよ。これは噂ですがね」
「どうやって口を封じたんだ? 金か? その他に何かあるのか?」
「外務省のお偉方から圧力がかかったようです。詳しくは知りませんが、金よりもポストなんじゃぁないですかねぇ。山根沢春樹の方は息子を外務省に入省させる約束をしたらしいですよ。息子の春平をです。新藤大和は金を積んだんですよ。この話は大分経ってから知ったんですよ。深さんだから話しますけど、当時の警察庁と外務省の上層部がくっ付いていたとのことです」
「そうか、それは誰からの情報なんだよ。そんな物騒な話を……」
「岸山刑事部長です。刑事部長から深さんが辞めた後、おまえが四係を静めろって言われました」
「なるほど。それでお前が係長に昇進したことも理解できるなぁ」
「深さん、これは深さんだけの話で留めておいてくださいよ。お願いですから」と柳瀬は両手を合わせて懇願した。
「大丈夫さ。おれにはそっちの方はもう興味がない。クライアントの依頼を解決出来さえすればいいのさ。おまえも警察組織にのみ込まれたという訳だな。それが悪いとは言ってないぞ。それはそれでいいさ。おまえの生き方だ」
「すみません」
「謝ることはないさ。ところでその当時の上層部ってのは警察庁長官の坂巻洋一郎と外務省事務次官の立浪甚次ってやつか?」
「そうです。その通りです。調べたんですか?」
「あぁ、その二人は今どうしてる?」
「例によって天下りですよ。坂巻は民間の警備会社GTSの顧問、立浪は外務省の外郭団体の何とかセンターの会長になっていますよ。両方とも給料も退職金も破格で、凄くいいらしいですよ」
「なるほど……。山根沢春樹と新藤大和に直接手を下した奴の手掛かりはなかったのか?」
「深さんが辞めてから浮き上がった話ですが、警察庁長官の坂巻は警察庁に行く前にマル暴にいたんですよ」
「四課か? 怪しいな。実に怪しい……。どこの暴力団なんだ? 坂巻と接近していたのは」
「当時、梅沢組のフロント企業で東日土木建設株式会社の山下喜一と繋がりがあったと聞きました。今だから言えますけど、おれの推論ですが、山根沢春樹と新藤大和をやったのは山下の鉄砲玉なんじゃぁないでしょうか? 当時は専務だったのですが、今は社長になっていますよ」
「なるほどぉ……。やはりな。そこまで分かっていて捜査できなかったのか?」
「すみません。岸山刑事部長から『これ以上踏み込むな!』ときつく言われていましたので……。それはあの時、深さんも知っているでしょ? 深さんが辞めた後も何度も念を押されましたよ。岸山刑事部長もご自分の進退もかかっていたのだと思います」
「それは相当な圧力だなぁ」
「それでその鉄砲玉って奴の面は割れたのか?」
「えぇ、でも、その時は日本からいなくなったって聞きました。手が回る前に逃げたんですよ。おそらく山下喜一の命令でしょうかね?」
「そいつの名前を教えてくれよ」
「深さん、この辺で勘弁してくださいよ。これ以上ばらすとおれの命もやばいことになりますよ」
「じゃぁ、名前だけでもいいだろぅ」
「鎌田誠一です。これで終わりにしましょう。深さん」
柳瀬はそう言って、帰って行った。これ以上話をすると自分の命が危ないとも言った。柳瀬には死んでもらいたくはない。後は自分たちで調べなくてはならない。
翌日、華に東日土木建設株式会社の事務所にキャバクラ嬢を装って電話させた。
その情報によれば、鎌田はその後ハワイのホノルルに三年間滞在していたが、今は帰国し錦糸町のカウンターバーでバーテンをしていることが分かった。あの時は山下の指示によって高跳びさせられたのだろう。
まずは鎌田に接触するのがいいかも知れない。




