新たな情報
四
来る平成二十四年十二月には衆議院総選挙が控えていた。
もちろん衆議院選挙での勝利は国政与党を決定づける選挙で過半数を得れば内閣総理大臣を選出することになる。したがって、各党は必死になって票集めに奔走する。
この数年は自由民政党と公正党の連立政権により衆議院および参議院の過半数を得て、豊川将司内閣総理大臣が誕生したばかりであった。
しかし、自由民政党内閣の三人の閣僚による裏金問題が表に出て、野党から任命責任を追及され国民からの支持率の急激な低下を招いた、その結果、事もあろうに豊川総理は内閣総辞職より解散を選択した。
自由民政党と長い間連立政権を維持してきた公正党は以前から創律学会からの支援があり、毎回二十名から三十名の当選者を出している。政教分離と言いながら、決して分離していないが、その現状を今さら物申す議員はいなかった。
創律学会は選挙運動にも組織的な支援を行い、公正党にとっては切っても切れない宗教団体である。
一方、自由民政党も豊川総理が就任する前の伊豆山総理時代から十年間、選挙などで組織的な支援をしてくれる宗教団体を模索し、それらとの関係を強めようと考えていた。宗教団体も自身の勢力拡大のためそれを望んでいた。
深川は上からの圧力には屈せず、心中、柳瀬と共に山根沢春樹殺害のホシを追うつもりでいた。
「深さん、どうしましょうか? 松坂管理官もあれ以来事件の捜査には消極的ですしね。捜査はやらなくていいということなんでしょうかねぇ?」
柳瀬は不満そうではあった。こんなことで警察は国民の味方だと言えるのかと思っているのだろう。
「うむ……。捜査会議も開かれないしなぁ。我々だけでも少し調べてみようか?」と上目遣いで柳瀬を凝視した。
「そんなことしてまた刑事部長からお呼びがかかるんじゃぁないでしょうか?」
「それが怖ければ付いて来なくていい」
深川はむしろ柳瀬の将来に迷惑を掛けたくはなかった。だが、刑事としてこのまま犯人を野放しにするのは、自身の信条として許せなかったのだ。
「いやぁ、行きますよ。一緒に」と柳瀬は苦笑いを浮かべた。
「それにしても物証が少なすぎる。目撃者も防犯カメラもなぁ。素人の犯行ではそうはいかない。唯、上からの圧力を考えると、警察組織に何か不都合が生じることは確かだ。それは裏を返せば、ホシはその近辺にいるということだ」
「というと、警察関係者でしょうかねぇ?」
「分からん。しかし、外務省や文化庁に接触した直後に圧力がかかったのだ。ガイシャも外務官僚だ。そうすると外務省や政府関係者からの圧力かも知れん。それも警察組織を動かせることができるかなり上層部になるなぁ」
山根沢の事件から何も得られないまま三か月が過ぎ、師走の寒い時期になった。
深川にとってクリスマスなどはどうでもよかった。暖かい食卓で妻と娘と一緒にチキンを頬張り、ワインを飲んで、ケーキを食べるなどテレビの中の作り事だった。
とにかく、今回の事件は物証が少なく、どこから捜査を進めてよいのか全く見当がつかなかった。唯一、頼りになったのが外務省の新藤からの情報だけだった。もう一度新藤を訪ねるしかないと考えていた。
そう考えている時に、新藤から連絡が入った。
「深川さん、話があります。今日空いてますか?」
「あぁ、新藤さん、大丈夫ですよ。この間のガード下の焼き鳥屋、鳥金でどうですか? 仕事が終わったら来てください。待ってますよ」
その夜、深川と柳瀬は先に行って新藤を待っていた。先日も外務省で待ち伏せした時も午後六時頃だったので、二人は五時半に鳥金でテーブルを確保してビールで乾杯していた。
新藤は六時少し前に右手に黒のバッグ、左脇に分厚い資料が入っていると思われる大きな茶色の封筒を抱えて現れた。
「あぁ、深川さん、待ちましたか?」
「いえいえ、今来たところです」と答えておいた。それよりも新藤が持っている茶封筒の中身が気になった。
「新藤さん、電話をくれるなんて、何かあったんですか?」と深川。柳瀬はその横でじっと新藤を見つめていた。
「えぇ、室長が調べていた資料が手に入りました」と言って新藤はその資料を封筒から出した。
その資料の表紙には『国家安全保障に資する宗教法人の役割とその認可に関する問題点』と記されてあった。深川にはそのタイトルからは何のことか分からなかった。
「中を見ていいでしょうか?」
「構いませんが、持ち帰らなければなりません。コピーなども困ります」
「そうですよね。こんな重要なものを持ち出してもいいんですか? マル秘って書いてありますよ」
「山根沢室長を殺した奴を早く捕まえて欲しいからですよ。私は室長を尊敬していたんです。それに室長も私を可愛がってくれました。それなのに他の奴らは皆……。やむを得ません」と新藤は眉を吊り上げて答えた。
深川はその資料をペラペラと捲って眺めていた。その横で柳瀬も同じように覗いていた。しばらくして深川は新藤に訊ねた。
「まだじっくり読まないと理解するのが難しいですが、どうやら我が国でその会員数を拡大している中国由来の教団を法人格として認可すべきということのように思えるのですが……」
「私もよく分からないのです。室長が自分一人で動いていたようなんですよ。宗教法人の認可は文化庁に権限があるので、宗務課の人間と度々電話などで話をしていたのを覚えています。資料の中で記載されていた教団の名称は、頭文字で『Kの会』となっていて詳細は分かりません」
「なるほどKの会ねぇ。Kかぁ」
深川は考えても頭には浮かばなかった。資料の中身はそのKの会そのもののことよりも国家安全保障の観点から中国や韓国とどううまく付き合うかの方が重きを占めていた。米国との関係、北朝鮮問題、台湾問題、韓国や中国との領有権についてなどが防衛の面から書かれていた。
その中で注目されたのは、来る衆議院総選挙に自由民政党への選挙協力について教団Kの会の重要性が指摘されていた。
「新藤さん、これってやはり教団Kと自由民政党の繋がりについて調べないといかんのじゃぁないですか? まずは文化庁の宗務課ですよね? あの何て言ったっけ? 名前ですよ……」深川は柳瀬をみた。
「青城ですか?」と柳瀬が得意そうに答えた。
「そうだ青城課長だ。口の堅い奴だ。“けんもほろろ”だったなぁ」
「もう一度、当たってみるか?」
「はい」
三人の話題はそのことから離れて、深川の日本酒の蘊蓄から始まって、焼き鳥屋の話で盛り上がり、酒が進んだ。新藤も外務省のお堅い仕事仲間より深川と柳瀬のように平凡な男たちには非日常を感じたのであろう。楽しそうに笑いが絶えなかった。
深川はその笑いの中で、これ以上外務省や文化庁に突っ込むと警察には居られなくなると心中では感じていた。
まだまだ続きます。じっくり読んでください。




