施設内の真相
二
「凛子については分かった。次は東野篤こと山根沢春平のことだ。山根沢はどうしてこの施設にいるのか答えてもらおうか」柳瀬の逃さないぞという迫力のある尋問だった。
「東野は自分の恋人が行方不明になっていて、我々の施設にいるのではないかと思っていたのです。自分で色々調べたところ、キャンプ場入口の交差点で事故を起こした車があり、乗っていた女性が施設へ運ばれたとの噂を聞いて尋ねてきました」
「その女性が自分の恋人ではないかと考えたのです。その恋人と言うのは凛子だったという訳です。事故の一週間後くらいに初めて来ました。もう十年前になりますが……。その時は施設長が冷たく追い返したのですが、その後も何度も何度もその恋人の写真を持ってやって来ました」
「東野はずっとその恋人を探し続けていたのです。八年間もですよ。余程その恋人が忘れられないのだと思いました」
「おまえはその写真を見たのか?」
「えぇ、彼が何度目かに来た時にその彼女の写真を名刺と一緒に置いて行ったのですよ。その写真は髪の毛はロングにしていましたが、凛子だと思いました。しかし、その時には凛子は既に施設の中で重要な仕事をしていましたので会わせなかったのです」
「彼は諦めなかったのだな?」
「はい、諦めていなかったですよ。しかし、山下や野末がたまたま名刺を見て彼のことを知ったのです。名前が山根沢春平、そして勤務先が外務省総合外交政策室だと。山下と野末はおそらくその名前と所属に『はっ』となったのですよ。野末は私にその時のことを話してくれました。驚いた反面、少し考えたら何かに利用できるのではないかと。悪知恵の働く男なんですよ」と綾尾は得意そうに話した。
「どういう意味なんだ?」
「分かりませんか? 山下と野末は東野篤こと山根沢春平の父親の春樹を梅沢組のものを使って殺させたんですから……。実行犯は既に逮捕されている鎌田だよな」
「それは知っているが……」
「東野はその息子なんですから、何かの因縁を感じたのですよ、きっと。彼らは長い間、教団の宗教法人の認可を待っていたんです。十年前にそれを邪魔する奴を手に掛けたんですよ。それが東野篤の父親の春樹です。しかし、今もまだ邪魔をする男がいたんですよ。それが宗務課の青城秀則だったんです」
「なるほど……。おまえが青城をやったんだな?」と柳瀬は事件の真髄を訊いてきた。それに対してその質問には綾尾は躊躇いを見せた。
「ここまで話したんだから、本当のことを言えよ。隠したって無駄だよ。いずれは分かることだ」
「それは私じゃぁない。青城をやったのは私じゃぁない」と綾尾は真剣に何度も首を横に振って否定した。
「青城は拳銃で頭を撃ち抜かれて殺されていたんだよ。しかも山根沢こと東野篤の指輪をはめてな……。
つまり青城を東野と入れ替えようとしたんだなぁ。危うく本栖湖長崎半島で発見された白骨遺体は山根沢だと間違うところだったよ」
「そこに行くまでは、まだ色々あったんです」
「それはどういう意味だ? 時間はまだたっぷりある。全て話せよ」
「山下と野末は山根沢春樹の息子も父親と同じような考え方をしていることは調べで分かっていました。つまり、東野篤こと山根沢春平が出世し父春樹と同じ道を進めば、いつまで経っても宗教法人の認可が取れないことを危惧したんですよ」
「なるほど……」
「つまり、青城も東野も教団にとっては邪魔な存在だったんです。彼らは少し考えた訳です。唯、単純に二人を殺害すれば足がつきますし、その罪も一層重くなるのは目に見えています。山根沢春平が施設にいる凛子を探していることを利用し、施設に取り込み、どうすることもできない青城を殺害しようと計画を立てたのです」
「そうか。じゃぁ、まずは山根沢春平はどうやって施設に取り込んだのだ?」
「前にも言いましたが、春平は何度も施設を尋ねてきましたが、ある時、彼は凛子が施設内で生活していることを施設の外から自分の目で確かめたんです。私はもうこれ以上白を切り通せないと思いました。仕方がなく、彼を施設内の応接室に案内し、凛子を呼びました」
「春平は凛子と直接面会したのか?」
「えぇ、そうです」
「その時はどんな様子だったのだ?」柳瀬はそれには個人的な興味もあったのかも知れない。顔が紅潮していた。
「凛子が応接室に入ってきた時、春平は懐かしそうに凛子を眺めていました。『彩芽、彩芽』と涙を流し声掛けしました。しかし、凛子の方は春平の顔を不思議そうに見つめて、『ごめんなさい。あなたのこと分からないのです。ごめんなさい』と言って部屋を出てしまいました。春平は私へ向かって『どうなっているんだ』と怒ったように怒鳴りました。」
「それはそうだなぁ。春平とすれば当然の想いだと思うがな。それはどう説明したんだ?」
「凛子は事故で頭部挫傷のために健忘症になっているのだと説明したのですが、彼は納得していなかったのです。十年間もそのままにして置くなんて考えられない。連れて帰りたいと言い出したのです。私は野末に言われていたので、応接室へ案内し、凛子が現われる前に時子に言ってコーヒーを持って来させて、その中に睡眠薬を入れておいたのです。しばらくして春平は『ちょっと、フラフラするな』と言ってソファーに横になりました。睡眠薬は即効性のトリアゾラムを通常の三倍量とDCZ一錠を混ぜてコーヒーに溶かして飲ませました。ソファーで眠ってしまった春平の頬を叩いても起きず、その日は診療所のベッドに寝かせました」
「なるほど……、そうして春平さんも施設へ取り込んだという訳だな」
「そうです。翌朝目が覚めても春平はボーとして、前の日の出来事が思い出せないと言ってました。身体がフラフラして歩くのも辛そうでした」
「そりゃそうだろう。そんなに睡眠薬を飲ませられたのだからなぁ」
「その日からDCZの服用を開始しました。すると春平も過去の記憶が徐々に消えてきて、凛子を見ても凛子が昔の恋人だとの認識がなくなって行きました。その時私はこの薬の薬効に自分でも驚いたのです。その時から山根沢春平は東野篤と名前を変え、施設の運転手として働き始めたのです」
「何故そんな冷静に話せるのだ? おまえたちのやったことは犯罪だぞ。それは分かっているよなぁ? 薬物を使って不法に監禁したことになる監禁罪だ。誘拐罪も適用になるかも知れんぞ」
「分かっています。私たちは教団のために仕方がなかったと思っています」
「おまえらの頭の中はどうなっているんだ。それで青城を殺ったのは誰だ?」
「……」とそのことになると黙秘する。
綾尾の自供により、綾尾自身の逮捕に伴って、野末も事情聴取のため強制連行された。
また、凛子と東野は施設からの退所を命じられ、凛子は元通り墨田彩芽として両親の元へ帰され、東野は山根沢春平として私の住んでいる品川のマンションへ戻ってきた。
私は柳瀬の綾尾に対する事情聴取の内容を全て聞いて、戻ってきた夫春平の顔を見て涙が溢れた。
まだ、夫の表情は喜怒哀楽を示さず能面のようであったが、私の隣にいるだけで幸せだった。DCZが体外へ排泄されれば元通りの夫に戻るに違いないと心の中で念じた。深川と華も喜んでくれた。
「真里花さん、良かったわね」と華の笑顔。深川も隣で笑っていた。
「これで真里花さんのご依頼にも答えられた訳だ」
「そうですねぇ、でもまだ事件は全て解決した訳ではないわ。夫もまだ元通りになってないのよ。私の顔を見ても無表情なのよ」
「そうなんですね。それって時間が解決するわよ。きっと」と華のあまり医学的根拠がない言い方だが、私は少しほっとした。
いよいよクライマックスに近づいてきました。




