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失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
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DCZの試験的投与の結果

第八章 真相

   一

 富士吉田警察署に置かれている捜査本部は裁判所へ上記三名の逮捕状を請求し許可された。


 直ちに山科管理官は柳瀬を含め捜査員十二名に逮捕令状を持って自立支援センターへ出向き、浜島、墨田、綾尾の三名を逮捕し富士吉田署へ連行するように命じた。


 それに付け加えて綾尾には文化庁宗務課の青城秀則課長を殺害し遺体を遺棄した刑法一九〇条遺体遺棄罪を適用した。


 最初に、三名の血液を採取し抗精神薬やDCZ等の薬物の検出を試みた。


 浜島と綾尾には特に異常な薬剤は検出されなかったが、墨田彩芽には低濃度のDCZが検出された。墨田については富士吉田市内の総合病院へ入院し、連日の点滴を行ないDCZが体内からの排泄されるのを待って事情聴取を行うことになった。


 施設長の浜島の取り調べでは有益な自供は得られなかった。そもそも浜島は野末の叔父にあたる人物で、それまでは役所勤めをしていて定年になり十年前にこの自立支援センターの施設長として入職した。


 入職後は重要な役割は持たされず、施設の管理・人事などはすべて副施設長の墨田が行なっていた。そのためか施設内の内情について尋問しても、ほとんど分からなかった。


 もちろん、DCZの件や青城秀則の遺体遺棄事件についても何一つ知らず、関与していないことが判明した。そのため捜査本部は彼については起訴するだけの物的証拠はなく、拘留の必要はないと判断し、帰宅を許可された。


 綾尾はこの自立支援センターが開設された時から診療所の責任者として既に逮捕されている東日土木建設の山下社長が連れてきた医師である。看護師の時子はその時に綾尾と共に入職した。それまでは綾尾と時子の接触はなかったようだ。柳瀬の取り調べに対して綾尾はこう自供した。


「今から十年前、私は山下や野末らの勧めで国民真理の会の信者になった。あの二人は教団の理事になっていて、政治家や官僚にも顔が利き、資金集めも上手かった。私はNPO自立支援センター付属の診療所所長として招かれたが、主にDCZの入手とその投薬について受け持つことになった。それは十数年前に私が量子科学研究所に在籍していた時の同僚が古くから研究していた新薬DCZを野末が何処で調べたのか分からないが、知っていたのです。そのDCZの薬効を試験的に試すために施設へ招聘されたのだと分かりました」


 綾尾はそう答えた。柳瀬にとってそれが本当かどうかは分からないが……。


「私は野末から破格の年俸を提示され、それまで勤務していた都内にあるクリニックを辞職し、そこへ転職したのです」


「当時はまだ施設の入所者は十名にも満たず、そのものたちの健康管理を行っていましたが、野末はDCZを使えとうるさく言ってきました。そのため帰宅願望の強い入所者へ投薬したところ、思ったより効き目があり、大人しくなり家に帰るとは言わなくなりました」


「それは過去のことについての記憶がなくなる症状がそうさせているのだと分かりました。その効果というか副反応というか、その強さは量依存性で、多く飲むと眠気が強くなります。通常一日一錠で約二十四時間効いていました。ですから毎日一錠飲ませれば、ずっと過去の記憶がないまま生活することになります。教団にとって施設に縛り付けるのは都合がいい訳です」


 綾尾は頭の中ではそうすることは悪いことだとは分かっていたのだろうが、話の内容や言い方はその薬剤の薬効についてのみの狭い考えの中にいたように思えた。


「そのDCZという薬剤と野末の教義でマインドコントロールしていたという訳だな」と柳瀬が嫌味を言った。


「まぁ、そう言われればそうなのかも知れませんが……」と綾尾は横を向いて唇を噛んだ。


「じゃぁ、話を変えるが、凛子について話してもらおうか。凛子、こと墨田彩芽は何故あの施設へ来たのだ?」


「それはあなた方が調べた通りですよ。知っているんでしょ?」


「まぁな、だがおまえの口から聞きたいのだ」


「それもまぁ、十年前になりますけど……。あの時、凛子は施設の近くで事故を起こしたんですよ。辺りはもう暗くなっていた頃です。一台の乗用車が交差点で待っている時、大型トラックに正面衝突されて車が大破したんですよ。凄い音がしましてね。びっくりしましたよ」


「幸いにも自家用車の左側、つまり助手席に突っ込んで運転席の人は大きな外傷はなかったのですが、頭部を強く打ったのでしょうか意識がなかった状態でした。私と時子は往診の帰り道でたまたまその事故に遭遇しました」


「車の中に乗っているのは女性だと分かりました。しかし、見ていると車が燃えていて放置すればその女性が危ないと思い、時子と二人でその女性を車から引き出したのです。その直後、その乗用車は大きなボーンという音を立てて爆発したんですよ。間一髪でした。その女性は意識がない状態でしたので、時子と相談し、我々の車に乗せて診療所へ運び、直ぐに点滴をしました。救急車を待っているよりその方が早いと思ったんです」


 綾尾は思い出しながら訥々(とつとつ)と話した。


「なるほど。それが墨田彩芽と言う訳だな」


「えぇ。私たちは彼女を診療所へ連れてきて点滴をしたら、徐々に意識が戻ってきました。神経学的な診察では異常はなかったので、頭部挫傷としてその晩はベッドで様子を見ました。彼女は翌日、目が覚めてもボーとしていて、何を訊いても答えられない状態だったんです」


「記憶がなかったということ?」と柳瀬は訊き返した。


「そうだったんでしょう。名前や住所など訊いても分かりませんとだけ言ってました。私はこれって事故で頭部を強く打ったための逆行性健忘症と診断しました」


「そうですか。その記憶喪失は直ぐには治らなかったのですか?」


「翌日も、翌々日も戻らなかったのです」と綾尾は言った。


「逆行性健忘症とはそういうものなんですか?」


「通常は時間が経てば徐々に思い出してきます。ただし、脳に器質的疾患がない場合ですが……」


「器質的疾患って何ですか?」


「つまり脳に大きな病気がない場合です。脳出血や脳腫瘍とかです」


「彼女にはそういう脳の疾患はなかったのですよね?」


「えぇ、ありません。ですので、事故後一週間もすると少しずつ過去のことを思い出してきたのです。それも昔のことからです。幼小児のことからです。私はこのまま記憶が戻ると彼女はここから出て行ってしまうと思ったのです」


「それでDCZを使ったのか?」


「えぇ、でもその時はまだDCZは実験段階でとても人に投与するなどは考えていませんでしたが、試しに使ってみました。そうしたら彼女の記憶が再びなくなってきたのです。私たちは彼女を凛子と言う名前で、この施設で働いて生活を共にしようと思ったのです」


「身元不明の女性なのだから警察に届けようと思わなかったのか?」


「それは悩みました。しかし彼女のような若い女性で聡明な人がこの施設には欲しかったのです。おそらく話している感じでは高学歴であることは分かりましたので……」


「その後もDCZを飲ませ続けたのか?」


「いぇ、二、三回飲ませました。しかし、その後はDCZを服用しなくても凛子は過去の記憶をなくしたようなんです。不思議なことですが、私にもそれは何故なのか分かりません」


 綾尾はその間、下を向いたまま考えていた。自供の内容は柳瀬にとって納得できるもので、綾尾が嘘を言っているとは思えなかった。



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