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失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
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華の体内薬物の質量分析でDCZが確認された

 三

 私と深川が華を東京へ連れて帰った一方で、柳瀬は施設に残って主なスタッフの尋問を行なおうとした。深川から聞いていたことを確かめるためにだ。それは副施設長の凛子と運転手の一人山根沢春平だ。


 柳瀬の聴き取りはこのような感じだった。


「副施設長の凛子さん、あなたはこの施設に来たのは十年前ですよね?」


「そうです」


「その時、この近くで交通事故に遭って意識不明になりここに運ばれたと聞いていますが、そうなんですか?」


「私自身はその時のことは覚えていないのですよ。意識が覚めてもなぜここにいるのかも分からなくて、綾尾先生からは逆行性健忘症だと診断されたのです。でも事故のことは綾尾先生からはそう聞いています」


「その前は何処にいたのですか?」柳瀬の質問に凛子は少し動揺したかに見えた。


「その時は何も覚えていなくて……。その前にどこにいたのかは綾尾先生から聞いたのですが、都内に住んでいて、大学に通っていたと聞きましたので、そうなのだと思います。覚えていません」


「どちらの大学ですか?」


「それも分からないのです」


「そうですか。その辺のことが記載されている履歴書やマイナンバーカードのようなもの、あるいは運転免許証のようなものはないのですか?」


「ありません。事故の時に持っていたものは全て燃えてしまったと聞いています。それに施設長に信頼されていましたので……。ここでは世間でいう履歴書などは不要です。その人物を見れば分かります。過去のことはここでは問題にはしません。これからのことが重要なのです」


「そうですか。でも、家族や友達などが心配ではなかったのですか?」


「治療して健忘症が治ったら帰れると思っていました。それとここでの居心地がよかったのでずるずると今になってしまったという感じでしょうか」


 凛子の様子は決して嘘を言っている感じではないと柳瀬は感じていた。


「なるほど……。凛子さんは大学時代のことなど覚えていますか? あの運転手さんと大学の同級生だったと聞いていますが……」と柳瀬は本質的な問題に迫った。


「運転手さん? あゝ、東野さんのことですね?」


「あの若い運転手さん、東野さんって言うんですね?」


「そうです。東野(ひがしの)(あつし)さんです」


「その東野さんはいつ頃からこの施設で働いているのですか?」


「まだ一年くらいでしょうか?」


「あなたとの関係はどんな関係ですか?」


「彼からは大学時代の同級生だったと聞いていましたが、覚えてないのですよ」


「唯の同級生ですか? 大学時代恋人同士だったのではないですか?」


「それはないと思います。昔のことですので、同級生ではあったようですが、恋人だったということはないと思います。誰がそんなことを言ったのですか? 私自身も長い間昔のことを思い出せないのです」


「そんなことがあるのですか?」


「分かりませんが、断片的にしか思い出せないのです。不思議ですよね」


 逆行性健忘症とはそんなものなのかと柳瀬は思った。十年間も何も思い出せないなんて……。


 もう一人東野篤にも話を聞かなければと思ったが、その時に捜査一課から連絡が入った。


 DCZを開発した量子科学研究所からの報告書中に自立支援センターの綾尾治夫医師と国民真理の会の野末孝明の名前があったことが確認されたので、直ぐに捜査本部へ戻れとのことだった。


 そのため柳瀬は東野篤の聴き取りは後にして家宅捜索は一旦終了し都内へ戻った。柳瀬は都内へ戻る車中で深川にそのことを報告した。さらに深川から私に報告があった。


「真里花さん、柳瀬から連絡があり、どうやら施設の綾尾治夫医師と野末孝明はDCZの開発に関わっているらしいとの物証になる報告書が見つかったとのことですよ」と深川は柳瀬からの連絡を私に話してくれた。


 それに付け加えて深川は柳瀬から凛子への聴き取りの結果についても聞き、それを私に話した。


「そうですか。そうすると施設側はDCZによって入所者たちの過去の記憶をコントロールしていたのかも知れませんね? 墨田彩芽や夫もそうだったんでしょうか?」


 私の推理も現実味を帯びてきたような気がした。


「そこまではまだ確実ではないですが、可能性は高いですよね」


「そうすると、つまりこういうことなんでしょうか。あの自立支援センターは国民真理の会の施設で、入所者にDCZを飲ませ、過去の記憶を消して、施設に留まらせていた。そして定期的に野末の教義を行ない、マインドコントロールをして自由民政党の選挙活動に参加させていた。施設運営の資金は山下や野末から出ていた可能性が高い。あるいは自由民政党からかも……」


 と私のまとめのような推論に深川は答えた。


「大体、そんなところではないでしょうか? 墨田彩芽は事故で意識喪失した後、逆行性健忘症に陥り、その後DCZを服用させられ、健忘症は長い間治らなかったということかな? だが、まだ春平さんの様子は分からないですよね」


「そうですね。もう少しです。私は直接夫と話したいです」と私は素直な気持ちを伝えた。


「気持ちは分かります。そうできるように考えましょう」


 その後、連れ帰った華の様子は回復に向かっていた。点滴を二回行なった後、翌日から少しずつ話ができるようになった。


 唯、華に質問しても見当識障害が残り、自分が誰なのか、ここが何処なのかをはっきり言える状態ではなかった。


 持ち帰った華の血清を柳瀬に依頼し科学捜査研究所で分析してもらうことになっていた。その結果の連絡が入った。


「真里花さん、華の血清から相当量の睡眠薬と不明薬剤のピークが現れ、質量分析の結果で睡眠薬はトリアゾラム、不明薬剤はDCZであると判明したそうです」


「そうですか。深川さん、でも華さんを取り戻せてよかったですね。これで華さんは元気になりますよ、きっと」


 その一週間後には華はほぼ元通りになり話ができるようになった。



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