表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
23/45

診療所を隠しカメラで撮影した華

 二

 澄子は毎日華の様子を見に来ていた。おそらく華がこの施設のやり方に素直に従っているかどうか確かめるためだ。


「おはよう。華子さん、何か困ったことはない? サプリも飲んでいる?」と毎日同じような言葉をかけてくる。


「おはようございます。飲んでいます。あの薬って何の薬なのですか?」


「ビタミン剤の栄養剤よ。心配ないわ。皆、飲んでいるわ。元気が出て肌も綺麗になるわよ」といつも言っているが、華はその言葉を信用していない。


 澄子さんが去ってから敦子に訊いた。

「あの薬って皆が飲んでいるの?」


「はい。そう思いますけど……」


「あの薬飲んで何か体におかしいことはないの? もうずっと飲んでいるんでしょ?」


「何も感じないわ。それに私はここに来てからずっと飲んでいるけど、特に変わったことはないと思うけど……」


 華は自分としてはあのサプリを飲むのが怖かった。成分として何が入っているか分からないからだ。敦子のように素直に受け入れる気にはならない。


 このような教団では信者をマインドコントロールするための補助的薬剤などを用いることがあると聞いている。


『もし薬剤を処方するとしたらあの診療所だ。講堂での教義の時も参加していた医師の綾尾と看護師の時子だ。一度はあの診療所に受診して様子を窺う必要がある。それにしても自分一人では心もとない。携帯も持っていないし、父の深川所長や真里花さんとの連絡も取れない。指示を仰いだり、意見を訊いたりしたいがそれもできない。仲間がいないということは何と心細いのだろう。自分の判断でやるしかない。しかし、そんなことは入所する前から分かっていた筈だ。もう一度、意思を強く持って決断するしかない』と華は思った。


 翌朝、澄子が部屋のドアを開け、「どうですか? 華子さん、何かありますか? お薬きちんと飲んでいますか?」と顔を覗かせた


「ちょっと、夕べからお腹が痛いのです。吐き気もします。朝ごはんは食べたくありません」と告げた。 澄子は少し怪訝な顔をした。澄子もまだ華を信用していないのだろう。


「熱はないの?」


「熱はないみたいです」


「下痢しているの? 診療所で診てもらいますか?」と訊かれた。


「何か食べ合わせが悪かったのでしょうか? 先生の診察を受けられますか?」


「いいわよ。電話で話しておくわ。三十分位したら診療所へ来られますか?」


「はい。分かりました」と告げて、診療へ向かった。


 診療所は私たちの住んでいる建物と別棟で講堂に接していた。


 診察室は綺麗で清潔感を保っていた。全体的に白を基調としたクロスに囲まれ、窓の外には新緑の木々の葉が爽やかな風に波打っていてバランスの取れた色合いを醸し出していた。


 綾尾医師が使用すると思われる診察机も清潔で、机上にはパソコンのディスプレイが二つ置いてあった。綾尾と時子はこの施設が開設した時から働いていたと聞いている。


「どうしたの? 華子さん。澄子さんの話では腹痛、嘔気があると聞きましたが……」と綾尾の優しい言い方。


「そうなんです。少し便も柔らかいのですよ」とできるだけ辛そうな顔をした。


「熱はあるの? 時子さん、熱を測って?」と時子の方を見て指示した。時子は黙って体温計を華に渡した。三十六度五分だった。


「熱はないようだね。念のために血液検査をしておきましょう」と言ってまた時子に採血の指示を出した。採血後五分位して血液検査結果が出たらしく、綾尾はその結果を見て、


「大丈夫そうだよ。胃腸炎かな? 薬を出しておきましょう」と時子がその処方箋を見ながら薬を薬品棚から選び出し、処方袋に入れ、手渡された。


 その間、華は処方箋を見るために、例の眼鏡をかけ、薬品棚の方へゆっくり顔を向け、棚の隅から隅まで映るように眺めた。薬品棚は各薬と薬剤名が書いてあるので、後で調べればよいと華は思った。華の眼鏡に綾尾は何も不審には思わなかったようだ。


 渡された薬は怪しまれるので全て飲んだ。胃腸炎の薬であれば飲んでも体には影響がないと考えたからだ。


 とにかく、施設へ入所した時は何も持ってこなかったので薬を調べたくても、パソコンはない、携帯もない。不便な生活なのだ。ここで薬を調べるにはあの小さい施設の図書館へ行くか、専門書を送ってもらうかだ。しかもパソコンがないので眼鏡用盗撮器で撮った映像も見られない。


「澄子さん、父に手紙を送りたいのだけど、それは可能でしょうか?」


「いいと思うわ」と別に澄子は不振に思った様子はなかった。


「あのぉ、手紙のチェックなどもされるのですか?」とわざと恐る恐る訊いてみた。


「それはしないわ。個人のプライバシーのこともあるしね」

 本当なのだろうか? 敦子にも訊いてみた。


「敦子さん、手紙を出したことある?」


「あるわ、一度だけだけど。母親に……。どうして?」


「いや、いいんだけど……。手紙の内容などチェックされるの?」


「それはないと思う。分からないけど……。でも外から送られてきた小包など凛子さんが調べるって他の人は言ってたわ」


 眼鏡用盗撮器で撮影した画像はSDカードに保存してある。そのSDカードには凛子と山根沢春平の様子、診療所の薬などの重要な情報が入っている。それをどうしても所長と真里花さんに送って調べてもらいたのだ。もし、凛子や他のスタッフに発見されたら自分もどうなるか分からない。


 しかし、華は思い切ってSDカードを入れて深川に手紙を送った。


『お父さん、元気ですか? 華は元気でやっています。同室の敦子さんも優しい人で、施設の皆さんも親切です。心配はいりません。時々は家を思い出して悲しくなりますが、施設の皆ともうまくやっています。出来れば詩集などを送ってください。華より』と何の変哲もない手紙を書いた。


 その手紙を澄子に見せて、許可を取った。送る時に手紙の裏側にSDカードをセロテープで貼り発送した。澄子が確認したのは手紙の内容のみで、SDカードに気づかれないように、封をする直前にそっと入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ