華の隠しカメラに映っていたものは?
四
深川は私のその思いを胸に秘めて、柳瀬に連絡した。
「この間、本栖湖の自立支援センターに家宅捜索して押収した書類の中に従業員と入居者の氏名や住所などが分かるものを見せてもらえないか?」と深川は依頼した。
「それは深さんでも見せられないよ。重要書類だから部外者に見せたことが分かると俺の首が飛ぶよ。今度の山科管理官は厳しいからなぁ」
「そうだよなぁ。でもなぁ……」と言って、私が考えていることを電話で全て話してくれた。
つまり夫の春平が生きていて、宗務課の青城と入れ替わっているのではないかという疑問や自立支援センターに夫の春平がいるのではないかとの推測、それらを調べたいのだと話した。
「深さん、それは面白い推測かも知れませんね。DNAの検体についてはこっちで調べてみます。自立支援センターのメンバーの中に怪しいものがいるかどうかも調べて連絡しますよ」と言ってくれた。深川はその報告を私と華に知らせた。
*
深川は自立支援センターに前もって電話で連絡し、娘を入居させたいので相談したいと告げた。
華には普段着のワンピースで紺色の地味な洋服を着させ、例の眼鏡をかけさせた。華には一切しゃべるなと伝えておいた。
二人は朝八時に秋葉原駅から高速バスに乗り河口湖駅まで、そこから一般路線バスで本栖湖まで約二時間かけてセンターに到着。途中、バスから見えた本栖湖は相変わらず透明で、今日は特別静かで水面はさざ波さえも立っていなかった。
湖畔には釣り人らしき人影が数人見えただけであった。本栖湖の湖畔が見えなくなってしばらくすると、鉄条網に囲まれたセンターの敷地が見えてきた。バスを降り、歩いてセンターに向かう。
敷地内には誰もいない。センターの門は閉鎖されていたが、門柱にインターフォンが設置されていた。
「すみません、お電話で約束した深川です」
「あぁ、はい、はい。深川さんね。どうぞお入りください。玄関まではちょっと遠いですが……」と女性の声で返事があり、自動で扉が開いた。
『セキュリティーに気をつけているようだな』と深川は思った。玄関まで歩いて向かう。
一人の若い女性が応対した。若いと言っても三十歳くらいであろうか? ショートヘアなのでもう少し上に見えるが、肌などは若そうだった。
深川たちは応接間に通され、そこでその女性は副施設長だと名乗った。応接間と言っても古い簡単なソファーとテーブルの応接セットと部屋の隅に事務机とパイプ椅子が置いてあるだけで、殺風景な部屋であった。窓外にはだだっぴり畑が見えた。
「深川と申します。これは華と言います」と自己紹介した。
華は隣でぺコンと頭を下げただけでキョロキョロと周りを見渡していた。そう言い聞かせておいたからだ。いかにも賢くなさそうにしろと。
「それで娘さんをここに入所させたいとお考えなのですね?」
「そうなんです。この子、十九歳ですが高校もほとんど行けず、自宅に引き籠っていましたので、私もこれ以上面倒見切れないのです」
その時、別の女性が入って来て、お茶を持ってきた。
「りんこさん、何か必要なものありますか?」とその女性は副施設長に訊いた。
「そうねぇ、履歴書用紙を持ってきて!」と言いつけた。
「はい」と言って退出した。直ぐにその女性は用紙を持って戻ってきた。副施設長はその空白の履歴書用紙とボールペンを添えてテーブルに置いた。
「華さん、これに履歴を簡単に書いてください。書けるでしょ?」と華に向かってやや横柄に言った。華の知力を試しているのかも知れなかった。
華はそれを知ってか、深川の方を何度も見ながらわざとらしく下手糞な文字で書き上げた。ボールペンの持ち方も奇妙に映るように気を使った。学歴には適当に高校しか書かなかった。それを副施設長は眺めて頷いていた。
「分かりました。いつから入所できますか?」と深川の方へ向いて訊いた。
「来週からでいいですか? 荷物など整理しなければなりませんので……」
「荷物など何もいりませんよ。全部そろっていますので。施設の外に出ることはあまりありません。携帯はダメよ」と副施設長は華に向かって答えた。
そんな簡単な面接で華の入所が決まった。
確か副施設長は『りんこ』と言うようだ。面接中、華はその女性の顔、応接室の様子、お茶を持って来た女性、施設の中の様子なども全て眼鏡型盗撮ビデオに収め、持ち帰った。
帰りがけに『りんこ』は『歩いて行くのは時間がかかるから、河口湖駅まで送ってあげなさい』と運転手の一人に申し付けた。
その男性の運転手は施設の玄関の外で白色の軽自動車を停め、待っていた。二人は副施設長に挨拶を終えた後、その軽自動車の後部座席へ乗り込んだ。
「河口湖駅まででよろしいのでしょうか?」
「はい。すみません。運転手さんはもう長いのですか?」
「いぇ、さほどでも……」
その運転手は言葉少なく、あまり会話をしたくなさそうなのが分かったので、車中は沈黙していた。
三十分で河口湖駅に到着した。その間は会話なしだった。二人は運転手にお礼を言って駅舎へ入って行った。帰りは電車で帰るつもりでいた。
「お父さん、あそこの運転手さん、もう一人いたわよね。もっと若い人」と華が訊いてきた。
「そう言えば、駐車場の方に他の車を洗車していた人がいたようだが……。それがどうしたの?」
「気になる感じだわ。こっちをチラチラ見ていたのよ。後でビデオを見返しましょう」
そのビデオを見て、私の推測が現実になっていることが明らかになった。
五
私は深川と華が自立支援センターから戻るのを深川の事務所で待っていた。そして華が眼鏡用盗撮器で撮影した映像を見ながら、今後の方針を話し合うつもりでいた。そこには春平の妹佑香も同席をするようにお願いしてあった。
その映像を見て私たち、いや、正確には私は華と顔を見合わせた。なぜならそこに映り出されていた副施設長の凛子は事故で死んだ筈の墨田彩芽にそっくりだったからだ。
「佑香さん、あなたは春平の昔の恋人、墨田彩芽さんに会ったことあるの?」
「ないわ。前にも言ったけど、私は当時、家のことはまるで無関心だったのよ。兄の結婚式にも満足に出席しなかったしね。もちろん兄の大学時代の恋人など会ったことも見たこともないわ。真里花さんでさえ結婚式で初めてお会いした訳だから……」
「そうよね。私は春平の部屋を調べている時にも写真だけだけど、この人は墨田彩芽さんに似ているのよ。髪がショートになっていて感じが違うけど。多分、間違いないと思うわ。華さんも深川さんも知らないわよね? ほら、これ見て!」
私はそう言ってバッグの中にある手帳の間に挟んで持っていた古い写真を皆に見せた。十年前に春平と彩芽と銀山の三人、本栖湖キャンプ場で撮影したものだ。その時には髪はロングで今と全く違うが、顔は十年経ってもそうは変わっていない。整った顔つきだ。
「ほんとねぇ。間違いないわ」と華は映像と写真を比べた。
「うん、そうだ」深川も頷いた。
「凛子が墨田彩芽と同一人物だとすると、凛子は十年間も施設で働いていた訳よね? 普通なら家族や親しい人、彩芽の場合は恋人の春平に連絡を取ってもいい筈よね。それをしなかったのは何か理由があったのよ、きっと」と私は三人の顔を見て言った。
「確か地元の警察の話では、彩芽が失踪した時に本栖湖キャンプ場入口の交差点で事故があって、軽自動車が大破し、乗っている人が消えたという証言を近くの人から得ていたのよ。その時に施設の診療所の医師らに連れて来られたのではないかなぁ?」
その深川の推理に私も同調した。
「そこまではそうだとして、なぜ連絡もしないし、十年もの間、今までの生活を捨ててこんな施設で暮らしていたのだろうかを説明できないわ」
私は余程のことがなければ今までの生活を捨てて十年もこんな窮屈なところで暮らすなんてできっこない。
彩芽は恋人の春平との関係にも何も不満はなかっただろうし、二人とも同じ東京大学の同級生で、将来を期待されていた筈だ。そんなふうに考えている時に華からざわめきが聞こえた。
「ねぇ、ねぇ、これ見て、これ!」
華はさらに動画を進めて、施設の駐車場で車の後ろで立ち、華の方を見ている男性が映し出されていた。動画を静止させたが、画質がもう一つで拡大するとその顔をはっきりと確認するのが困難であった。しかし、私には何となく分かった。
「あっ、これ、もしかしたら……、春平さんかも知れない」と私は思わず声を漏らしてしまった。
「あっ、ほんとうだ。似ているね。真里花さん」
深川も顔を画面に近づけ、「うむ……」と頷いた。
「真里花さんはこの人、ご主人だと思うわよね?」と華が訊いてきた。
「えぇ、おそらく……」と答えて、考えた。
『ということは、どういうこと? 春平はどうしてここにいるの? 死んだ筈ではなかったか? でも宗務課の青城と入れ替わってここにいる。夫の昔の恋人、墨田彩芽もここにいる。もしかしたら彩芽は昔の記憶を失っていたのかも知れない。あるいは誰かに記憶を消されたのかも……。そんなことができるのだろうか? 夫も記憶を消されたのだろうか? 記憶があるのなら私に連絡する筈だ』
などと自分の心の中で空想を巡らせた。自分でも何が何だか分からなくなった。
「真里花さん、一応、来週になったら華を施設に行かせましょう。そして内部のことをもっと良く調べることが必要ですね? どう思いますか?」
深川は私に遠慮して柔らかに話している印象があった。
「そうですね。予定通り華さんに入所してもらいましょうか? 華さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。面白そうだわ」と華は喜んでいた。
「華、そう軽く考えてもなぁ、あの教団は人を殺しているんだよ。注意して正体がバレないようにしなければね」と深川は心配していた。自分の娘なのだから……。
「真里花さんと私たちが持っている疑問は、私が施設へ潜入しなければ想像で終わってしまうわ。それをはっきりさせるためにはそうするしかないわ」と華。
「私は何かすることはないですか?」
佑香もそう言って、何か参加したい気持ちを伝えてきた。
「佑香さんは今まで通り、東日土木建設で山下の動きを観察して、何かあればその都度連絡してください」と深川は佑香に的確に指示を出した。
「分かりました」
佑香は深川の指示に納得し首肯した。




