下っ端鎌田が逮捕された
二
柳瀬は深川からの捜索活動の情報を聞き、山科管理官へ報告した。
捜査本部はまず始めに、鎌田誠一が所属する東日土木建設とNPO本栖湖自立支援センターに家宅捜索令状を申請し、翌日には裁判所から捜索差押許可状を取った。
東日土木建設には警視庁捜査一課四係が、NPO自立支援センターには柳瀬ら警視庁捜査一課四係の四人および所轄の富士吉田警察署員、いずれも約二十名ずつ捜索に入った。二か所で合わせて段ボール四十三個の資料が集められた。
この二つの捜査本部は距離的には極めて遠く連絡を取りにくいが、追っている犯人は同一犯であることの可能性が高いため、捜査情報を互いに共有する必要がある。
そのため捜査会議は日時を決め、zoomで行うことになった。そのzoom会議の第一回目で互いの情報を出し合った。
「差押えた資料の中から重要なものを報告しろ!」と山科管理官の第一声。
「山根沢春樹と新藤大和が殺害された一ヶ月後にそれぞれ一千万ずつ、鎌田誠一の銀行口座に振り込みされています。振込元は東日土木建設の山下です。その二千万は二人を殺害する代償として与えられたものと考えられます。その後、鎌田は山下の指示でハワイに国外逃亡していました。山下は国民真理の会の理事になっています。その他にも理事として重要人物が名前を連ねています。その氏名を私の口から表沙汰にはできません。また、押収した資料の中に国民真理の会の議事録がありました」と柳瀬が報告した。
「そうか。議事録もあったか。後で良く読み直せ。それと自立支援センターからは何か出たか?」
「NPO自立支援センターの理事の中には山下が名を連ねています。また、山下の同級生の野末もあります。野末は各施設を廻って教団の教義をする役目のようです。つまりこのセンターは紛れもなく国民真理の会の一施設だと思われます。入居者は近隣の身寄りのない若者や、家族にとって厄介者、刑を終えて出所した者の中で仕事を得られなかった者などを集めて信者として宗教教育を行っていたと思われます。おそらくは野末によってマインドコントロールしていたのでしょう」と所轄富士宮署の刑事課員の報告があった。
「そうか。柳瀬、まずは鎌田が山根沢春樹と新藤大和を殺害したという直接的な証拠はあるのか? 凶器とかは?」と山科管理官。
「凶器については山根沢春樹の場合は片刃の包丁がガイシャに突き刺さっていましたので押収されていますが、新藤の場合は鎌田が持ち去ったものと考えられます。それについては本人を任意で取り調べ、自白させる以外にはないと思いますが……」
「じゃぁ、上からの圧力がかかる前に引っ張れ!」との山科管理官の命令に、
「十年前のことですのでねぇ、それに鎌田は梅沢組の構成員ですので自白を引き出すには相当骨が折れるかも知れません」と柳瀬。
別にそうすることを嫌がった訳ではないが、
「いいから引っ張れ! 上だって十年前のお偉いさんとは違うメンバーなんだからな」と言われた。
山科は怒っていた。その怒りは柳瀬に対してではない。以前の捜査にも自分自身にも怒っていたのだ。警察組織にもだ。今になって情けないと。
東日土木建設にいた鎌田は任意で警視庁へ出頭を求められ、取り調べを受けた。
鎌田は山根沢春樹と新藤大和の殺害の直後、自分の銀行口座に山下から二千万円が入金されている証拠を示され、意外にも直ぐに犯行を認めた。
山根沢春樹の場合、刃物を持ち帰らなかったのを悔やんでいましたが……。今さらですよ。新藤の殺害に用いた刃物は犯行現場近くに捨てたことを自供した。
捨てた現場はレインボーブリッジ下の東京湾だと地図の中のその場所を指で示した。鑑識は裏取りのため鎌田を同行し現場検証を行い、凶器を捨てた場所を正確に特定させた後に潜水夫による探索の結果、幸いにも発見できた。
凶器はヤクザが用いる刀身の短い匕首で、その凶器に付着していたものは古く微量の血液であったが、幸いDNA鑑定ができた。
その結果、被害者新藤のDNAと一致した。指紋は長時間海水にさらされていたためか検出できなかった。それらの物証により鎌田は殺人実行犯として逮捕された。さらに山下も先の二人の殺害教唆の主犯として逮捕状が下り逮捕された。
深川に上記の件が柳瀬によって報告され、私と華に知らされた。
「真里花さん、ひとまずはけりが付きました。今さらですが、ご主人のことはお悔み申し上げますが……」
「いぇ、深川さん、まだほんの入り口ですよ。鎌田は義父春樹と新藤を殺害したことは認めたようですが、主人の殺害は認めてはいません。それは別の犯人がいる筈です。鎌田も山下も私からすれば末端の人物だと思います。さらに義父や新藤さんがなぜ殺害されたのか? また主人が死んでいるとしたら、なぜ殺されたのかは全く不明のままです。消化不良ですわ。もっと知りたいことが沢山あります」
私は全く煮え切らないままだった。
「真里花さんの言う通りよ。もっと家宅捜索からの情報はないのかしら?」と華も私と同じ気持ちだったに違いない。
「もっと色々情報はある筈だよ。柳瀬はもっと掴んでいると思う。訊いてみるよ」
深川は私と華の強い意思表示に少したじろいだようだった。
私が思うに、あの白骨遺体が主人のものだとすれば、彼は何かを掴んだのだ。それも知ってはならないこと。外務省の国家安全と文化庁宗務課との関係、それと国民真理の会との関係、自立支援センターでの何かを掴んだのだ。
もしかしたら私に分からないところで墨田彩芽を未だに追っていたのかも知れない。彼の手帳にも書いてあったように……。
「深川さん、もっと警視庁の情報を調べてもらえませんか?」
「そうですね。真里花さんの考えていることは分かっています。それから、ご主人の妹さん、佑香さんにも助けてもらって内情を我々だけで調べましょう。そのためにも佑香さんにこの事務所にも来てもらいましょう。そして真里花さん、華、佑香さん、それに私の四人で情報を出し合いましょう」
深川のその言葉に私も華も賛成した。主人の妹佑香さんは東日土木建設の内情を詳しく知っている筈だ。私はそれを聞きたい。また主人の昔の恋人、墨田彩芽の顔も知っている可能性も高い。自立支援センターに佑香と一緒に訪問したい。
翌週末に四人は深川探偵事務所へ集合した。
「佑香さん、この間の話では山下と梅沢組の関係は分かりましたが、東日土木建設には官僚たちの出入りはなかったのですか? 特に外務省や文化庁など……」
深川の質問に佑香は、
「何度かありましたわ。確かぁ、外務省のお役人さんと銀座や新宿のクラブで飲む約束などしていたのを記憶しています」と答えた。そして、自分の黒い革の手帳をバッグから取り出し、ペラペラと捲りながら調べていた。
「その名前などは憶えていますか? それに東日土木建設と外務省の役人とは国民真理の会で繋がっているのですね、多分。それと逮捕された山下の自供で少しははっきりするかも知れませんね」
私はそうは言ったもののあの百戦錬磨のヤクザの山下が素直に自供するなんてことがあるんだろうかと心中思っていた。
手帳を調べていた佑香が、
「確か、『あおき』とか『あおやま』とかでしょうか? かなり前なので分かりませんが……。そんな名前が書き留めてあります。乱暴な字なので自分でも嫌になってしまうわ。今さらですけど……。警察での取り調べとは別に私たちも調べてみましょう」と言った。
『あおき』ってあの宗務課長の青城のことか? 十年前だ。今は何処にいるんだ? 十年前に課長だったのだから、今はもっと偉くなっているのかも知れない。明日にでも調べてみよう。




