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失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
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新たな白骨遺体が発見された

第五章 遺体

   一

 私も深川、華も本栖湖の施設をもう少し良く調べる必要があるとの考えは一緒だった。


 ネット上、施設のホームページなどは全く検索できない状況だ。通常の法人や企業のような情報開示は全くされていない施設であることは明らかだった。


「やはり施設の内情を知るにはまずは直接法務局へ行くかネットで請求するかで、登記簿謄本を取るのが一番いいわ。私がやるわ」と年に似合わず華は良く知っていた。


「華さん、さすが東大」


「いやねぇ、冷やかさないでよ」と言いながらも、華はパソコンから謄本を請求した。


 翌々日にはそれが届いた。それには施設の名称、資本金、代表者名、役員の氏名、土地建物の坪数等が記載されていた。


「真里花さん、お父さん、これ見てよ」と華。


「名称は本栖湖自立支援センター、NPOとして申請がなされ平成二十六年四月に許可されているなぁ。現在、代表理事は浜島雄三、それに野末孝明と山下喜一が理事になっている」深川は声を出して読んだ。


「NPOか? 自立支援センターねぇ。考えたものね。野末と山下が代表になっている訳だから国民真理の会の施設よ。おそらく浜島はお飾りね。センター内の診療所のことは書いてないわね?」と私。


「だが、よく見て。理事の一人として綾尾治夫の名前も入っているわ。センター内の診療所として届けを出しているのね。きっと」と華。深川は例によって腕組みした。考える時の仕草だ。


「もう少し内情を知るにはどうしたら良いかだ……。内部のものに接触する必要がありそうだな」


 深川の考えに従って、私たちは内部のものに接触する方法を考えた。


 入居者は必ず、買い出しなどで外出する。その時を狙って接触するか、入居しているものの家族などに話を聞くかだ。あるいは診療所に医薬品を仕入れている企業の営業などに訊ねるか……。手分けしてやってみようということになった。


 その方法や時期、あるいは誰が何処を担当するかなど話し合っている内に驚くべき一報が警視庁捜査一課の柳瀬から深川事務所に入ってきた。

   *

「おう、深さんか? 本栖湖の湖畔で身元不明の遺体が上がったぞ。ちょっと一緒に来てくれんか?」と柳瀬からの電話だった。


 私も深川から連絡を受け、華も一緒に三人車で現場に出掛けて行った。


 現場は本栖湖の西岸に位置する長崎という湖に突き出た半島の雑木林の中である。


 たまたま、釣りに来ていた中年の夫婦がいて、犬も一緒に連れて来ていた。その犬が何をかぎ取ったのか不明であるが雑木林の土を掘り起こし、右手の骨が現れたため、その夫婦が驚いて一一〇番に連絡した。その連絡を受けた所轄の山梨県警富士吉田警察署員が直ちに臨場した。


 発見された遺体は既に白骨化していたが、肉片も残っていてそう長期間経っていないようだった。だが、現場での鑑識員の話では少なくとも五、六か月は経過しているとのことだった。


 また、白骨遺体が身に着けていたのは上下の下着、靴下、革靴のみであったが、幸い身元を特定できるものとして左手の指輪が残されていた。その点は犯人の手落ちだと思われた。鑑識は直ちに検死の必要があると判断し、遺体を山梨大学医学部法医学教室へ運んだ。


 司法解剖の結果、頭部を銃弾で打ち抜かれたための他殺遺体と断定された。残された指輪には内側にMtoSと彫ってあった。


 山梨県警から柳瀬を通じて深川にその司法解剖の結果報告があったため、白骨遺体と指輪の確認のため山梨大学へ向かった。私は解剖を終えた遺体が安置してある霊安室へ入った。


「どうですか?」と柳瀬に訊かれた。私はまず、遺体の左薬指にある指輪が目に留まった、


「その指は見せて頂けますか?」と訊いた。


「はい。どうぞ」柳瀬は小さな声で答えた。


「この白骨では主人なのかどうかは分かりませんが、指輪は私たちが結婚式で取り交わしたものだと思います」とそう告げた。


 指輪のティファニーのものでMtoSは、私のものとペアの指輪だと直ぐに分かった。


 Mは真里花、Sは春平だ。私の指輪も外して柳瀬や深川と華に見せた。着ていた下着も靴下もメーカー品ではないが私が買ってきたものと同じような気がした。ショックだった。しかし、涙は出なかった。


「多分、主人だと思います」と言ったが、まだ確定的な証拠ではない。他人の遺体に主人の指輪をはめさせたのかも知れないし、DNA鑑定の結果を待たなければ確定的なものではない。


「真里花さんの気持ちは分かります。DNA鑑定の結果を待ちましょう。まだ望みを持っていてください」深川はそう言った。


 私は冷静に考えてもあの遺体は春平に違いないと思った。DNA鑑定の結果を期待すると悲しみも一層深くなる。しかし、三日後にDNA鑑定結果が判明した。


 私の一部の望みを裏切った結果で、山根沢春平のDNAと一致したとの連絡を受けた。


 途端にこれ以上深川たちと捜索活動を続ける意味を失った。今までは春平が生きていると確信して探していたのに、春平が死んでいるのだと分かった今はもうどうでもよくなった。


 心の中では春平は死んでいるかも知れないと半分は思っていたのだから……。DNA鑑定の結果が出ると、それ以上何も言えなくなる。決定的な証拠なのだ。それでももしかしたら、違うかも知れないと私はまだ心の片隅で思っていた。


 しかし、殺されたとしたら春平にとってはさぞ悔しいし残念だったろう。まだ結婚したばかりで、生きていればこれからの人生は明るかったに違いない。


 そう思うと私は春平が誰に殺されたのか、どうして殺されなければならなかったのかを知る必要があるし、知らなければならない。司法解剖の結果では銃で頭を撃ち抜かれたとのこと、許せない。これまでの様に深川と華たちとともに最後まで事件の解明に助力したいと思うようになった。


 警視庁の柳瀬から報告を受けた一課長は、以前から捜査一課四係で捜査中の山根沢春樹と新藤大和の殺害事件との関連性が高いと見て、直ちに所轄の富士吉田警察署へ捜査本部を設置した。


 捜査は十年前の時とは異なり、新たに山科修二(やましなしゅうじ)管理官が指揮を執ることが決まった。以前の松坂管理官は今ではキャリアらしく神奈川県内の警察署長に出世しており、いずれは警視庁へ戻ってくることが約束されていた。


 この度の捜査会議第一回目で山科は思いがけない決意を示した。


「今回の殺人事件は十年前の山根沢春樹および新藤大和殺害事件との関連性が極めて高い。先の二人はプロの仕業であることが推定されていた。今回も銃を用いて頭部を撃ち抜かれた殺人事件である。私は今回の事件では自分の進退をかけて事件の解明にあたる覚悟はできている。皆の協力を頼む」と言った。


 紛れもなく前回の捜査では上からの圧力に負けてお座なりにしたことに言及した。


 後で柳瀬からそのことを聞いた深川は『ふん、どうせパフォーマンスさ』と鼻でせせら笑った。


「いゃ、深さん、今度の山科管理官は本気みたいだぞ」と柳瀬は言った。


「そうか。じゃぁ、少し様子を見るか……」と深川はまだ信用していない。『それは言葉より行動で示せ』と言うことなのだろう。


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