私ももう一度夫の部屋を調べてみよう
五
私は三人で相談後、品川のタワーマンションに戻り春平の部屋を調べた。
今までも何回か手掛かりを探したこともあったが、何も目ぼしいものは出なかった。と言うより手掛かりとして何が役に立つのか分からなかったのだ。
今度は深川と華に一緒に探してもらった。他人の目で見てもらう方が、また違った見方ができると考えたからだ。
春平の書斎はまだそのままに残して、いつ戻っても使えるようにしておいた。
マンションに着いて部屋に入った深川と華は書斎の中を静かに見渡した。本棚には我が国の国家安全や諸外国の防衛に関する外務省関連の蔵書が並んでいた。また大学時代の教科書や参考書なども棚に収めて残してあった。
「春平さんのアルバムはありますか?」と深川に訊かれた。
「ありますよ。昔の写真が多くて、彩芽さんの写真もありましたが、見たくなかったので仕舞い込んであります」
「そうですよね。手帳や日記などはないのですか?」
今度は華に訊かれた。
「ありますよ。手帳はこれです。日記は付けていなかったと思いますが……」と言って机の引き出しから手帳を取り出した。外務省に入省してから省発行の手帳が五冊ほどあった。
「華! この中から春平さんが失踪した日から溯って一年くらい読んで見て。おれは写真をチェックするから」深川は華に命令するように言った。
「私は何をすればいいですか?」
私も何かしたくて、深川に訊ねた。
「真里花さんも華と一緒に手帳を調べてください」
「はい。分かりました」と答えた。
私と付き合い始めたのは結婚式の一年前くらいだ。華は深川の言う通り結婚式からその一年前まで遡って調べる筈だ。
私はさらにその前を調べてみよう。丁度、私がニューヨークへ渡米した時だ。春平とはニューヨークで知り合ったのだから。私と知り合う前の女性関係を知るには良いだろう。その点では覚悟をしてみなければ……。
私たち三人はしばらく沈黙が続いた。
「華、何か分かりましたか?」
私が華に訊ねた。
「そうねぇ、仕事のことばかりね。真里花さんとの結婚式のことが多いわ」
「もっとよく読んで、隅々までだよ」
深川がちゃちを入れた。
「分かってるわよ。もう少し時間を頂戴よ」
「真里花さんの方は?」
「特に何も……」
春平の手帳や日記を読んで分かったことだが、春平は私と知り合う前、大分長い間彩芽さんのことが忘れられなかったようだ。
日記には失踪した彩芽さんのことが沢山出てきた。その中に彩芽が失踪して五年目くらいの時の手帳に気になることが書いてあった。
それは、
『五月三日土曜日、外務省の仕事が一段落したので、午後から懐かしくなって本栖湖キャンプ場に一人で出掛けた。未だに自分は死んだ彩芽のことが頭の中にあるのだろうか。不思議に本栖湖へ向かってしまうのだ。本栖湖の澄んだ湖面を見ると学生時代の思い出が蘇る』
この時、春平は彩芽は既に死んでいると思っていたのだ。いや、まだ生きていると一部の望みを持っていたのが文章から感じられた。
『五月四日日曜日、本栖湖キャンプ場の近くに大きな敷地を持っている施設があり、以前ここには彩芽を探して訪れたことがあった。その時よりも敷地は相当大きくなっていた。何の施設なんだろう? 鉄条網も張り巡らされている。何年かぶりにその施設の傍を走る道路があり、そこを車で通り過ぎようとしている時だ。施設内を眺めると、施設内の畑に女性が四人ほど仕事をしていた。その中に彩芽に似た女性が見えた。遠くからではっきりしない。自分の頭の中にまだ彩芽の姿が残っているからだろう。早く踏ん切りをつけなければ……』とあった。
私はこれを読んで最後の二行が頭の中に残った。『彩芽に似た女、踏ん切りをつける』と。
もしかしたら彩芽は生きているのかも知れない。しかもあの施設の中で……。なんでもあの施設は国民真理の会とかいう教団だと聞いている。
「深川所長、華さん、この手帳を見てくださいよ。彩芽さんは生きているかも知れませんよ。写真は何か手掛かりはなかったですか? 所長」
「写真はこれと言った手掛かりになるようなものはないが、彩芽を探す時に役立ちそうな写真があった。これを持って行こう」と深川はこれから彩芽を探す心当たりを得ていたのだろうか。
私はさらに、こんな文章も見つけた。春平が施設内の畑で彩芽らしき女を見た時の五年前で、彩芽が失踪した時のことだと思う。
『今日、彩芽を探しにあの施設を尋ねた。畑にいた男に訊ねたがそんな女はいないと。先日の事故で女性が運ばれたのではないかと訊いたが、けんもほろろだった』とあった。春平の失踪もまたあの施設と何か関係があるのかも……。
「真里花さん、まずはあの施設を詳しく調べてみましょう。何か出て来るかも知れませんよ」と深川も華もそう思っていたのだ。
その後、深川は警視庁捜査一課の柳瀬に連絡を取った。柳瀬は深川から報告された内容をすべて聞いて、十年前に起きた山根沢春樹、新藤大和の殺人事件および三か月前の山根沢春平の失踪事件を解明するには本栖湖にある国民真理の会の施設を調べることが必須であると考えた。
そのためには家宅捜索令状が必要になることを捜査一課長に上申した。しかしながら、その時点で裁判所への捜索差押許可状の申請は却下された。
「深川さん、その家宅捜索令状は取れません。またしても上層部からの圧力がかかりました。私も危うく交番勤務に戻されそうになりましたよ。これ以上、深川さんに関わるなと言われました」
「そうか。柳瀬、すまん、迷惑をかけたな。もういいよ」
結局、警察は頼りにならないと私たち三人は改めて思い知り、自分たちだけで解決する以外に方法はないと話し合った。そうして三人の新たな決意が生まれた。




