華と深川の聞き込み捜査
三
凛子がここに入って三か月くらいしてからのことである。
一人の男性が尋ねてきた。その男性は本栖湖キャンプ場で待ち合わせした恋人が失踪したとのことだった。凛子はまだ事故の後遺症で記憶が戻らず、体調もすぐれないためベッドで毎日を過ごしていた時だ。
その時はまだ若く元気であった浜島施設長が応対した。浜島は畑仕事をしていて、男が敷地に入ってきて突然声をかけられた。
「あのぉ、すみません。お訊ねしたいことがあるのですが……」と言って頭を下げた。
「はぁ、勝手に入ってもらっちゃぁ、困りますよ」と浜島。浜島も施設内に第三者が入ることをことさらに嫌っていた。もちろんこの閉鎖的な社会を表に出したくはなかったのだ。
「すみません。私、山根沢と申します。大学生なんです。人を探しています。この人ですが……」と男は写真を浜島に見せた。浜島はそれを見て、先頃綾尾医師と時子が事故で意識不明になった女性を治療すると言って夜間、運び込んだ凛子だと思った。
だが、咄嗟に、
「うむ……、見たことないですねぇ」と答えた。
凛子だと答えれば刑事事件に発展しかねないと思ったからだ。
男は残念そうに、
「そうですか。私の恋人なんです。いなくなってしまったんです。ずっと探しているのですが、分からないのです。写真をお預けしておきますので、見かけたら電話をください。写真の裏に電話番号が書いてありますので」と言って肩を落とし、とぼとぼと下を向いて帰って行った。その姿は子どもを亡くした親鳥のようだった。
浜島施設長はその姿を見て男には「すまない」と思ったが、この件は自分一人の心に留めておこうと心に誓った。教団のためだと。
さらに自分勝手に凛子のためにもなると思った。その男がほかならぬ山根沢春平だった。このことが凛子と山根沢春平の将来を決定づけたのだった。
山根沢春平はその後も自分一人で付近の聞き込みを行なった。警察は失踪届けを出してくださいとの一点張りで、自ら捜索活動を行う様子はなかった。
春平の聞き込みでは本栖湖キャンプ場入口交差点で事故があり、乗用車が大型トラックに当て逃げされ、丸焦げになったが遺体はなかったらしいという情報のみが得られていた。
春平はもしかしたら、時間的にも乗用車の大きさからも乗っていたのは彩芽ではないかと思っていた。しかも事故現場に近いこの施設に運ばれたのかも知れないと推理したのだが、施設の男にあの様に言われショックであった。
だとしても春平は『あゝ、そうですか』と納得はしなかった。
四
一方、私は華そして深川と事務所にいた。三人は今後の捜索を友人、仕事関係に絞るのが良いと決めようとしていた。
「今までの捜索結果をまとめてみようか。そうしてから今後の方針を決めよう」と深川。その意見に沿うように華は既にマジックで人間関係などを書き出してあった白板を三人の前に運んできた。
「春平さんの失踪については少し置いといて……、十年前の父親の春樹さんとその同僚の新藤大和の殺害は梅沢組の構成員、鎌田の仕業、これには梅沢組フロント企業の東日土木建設の山下社長の命令、山下と高校の同級生の野末は国民真理の会の理事、そこの役員には当時の警察庁長官の坂巻と外務省事務次官の立浪がいる。山根沢春樹さんの殺害は国民真理の会が絡んでいることは確かよね」と華は白板をボールペンで指しながら上手くまとめた。
深川はそれを聞いて立ち上がった。
「そうだ。春樹さんと新藤の殺害犯は坂巻によって揉み消されたという訳だ。これはおれが警視庁にいた時にその捜査を止められたことからもそう考えていいだろう。しかし今さらそれを訴えてもどうにもならんな。警察上層部が絡んでいるからなぁ」
私も口を挟んだ。「そこに私の夫、春平はどう関係するのでしょうか?」
「真里花さんの心配事はそこですよね」深川は申し訳なさそうに答えた。そして続けた。
「春平さんは真里花さんと結婚する前、自分の父親のことや真里花さんとお付き合いする以前に親しくしていた女性のことについて調べていたというような様子はなかったですか?」と深川。
「そうですね、既に十年も経っていましたからねぇ。私には分からなかったです」
「春平さんの失踪は必ず十年前の春樹さんの殺害と絡んでいると思います。おそらく外務省の総合外交政策室と文化庁宗務課、それと国民真理の会の法人認可の問題で殺害されたのです。父上の春樹さんが生きていると都合が悪いことがあったのですよ。それを今になって息子の春平さんが知ってしまったのかも知れないですね?」
「そうすると春平はもうこの世にはいないのでしょうか?」と私は深川の推理に悲しくなった。そうだとすれば今さら探しても仕方がない。諦めるしかないのか……。
「真里花さん、そうは言ってません。死んだなんて……」
「そうよ、お父さん、無神経な言い方をして。真里花さんの身にもなって!」と華はしかめっ面をした。
「申し訳ない。生きていると信じて捜索しましょう。うん」
深川は自分に言い聞かせるように頷いた。
「真里花さんには言い難いですが、春平さんが以前付き合っていた女性、墨田彩芽さんって言いましたか? その方は既に亡くなっているのですよね?」と華。
「そう聞いていますが……」
「真里花さんはその方については何も聞いていないのですか?」
「はい。私と知り合う随分前の話ですので……。それに普通は結婚を控えて以前付き合った女性の話はできないですよね?」
「そうですね。その方の死と春平さんの失踪とは何か関係はないのでしょうか?」
「それは私にも分かりません。春平の残されたものを再度調べてみますよ」と私は言っておいた。
それは気が乗らなかったが……。結局、華は春平の東大時代の友人、銀山一郎に、深川は墨田彩芽の両親にあたることにした。
私はそこに同席しては相手も話難いだろうと考え、二人に任せて、自分はそのままにしておいた春平の部屋を調べ、手掛かりを探すことにした。
春平の大学時代の同級生である銀山一郎は東大法学部を卒業してから司法試験に合格し、その後司法修習を終了後二回試験にも合格、弁護士事務所を飯田橋で開業していた。華の求めにも快く応じてくれた。
銀山の弁護士事務所は神楽坂下交差点近くのビルの二階にあった。あらかじめアポイントを取ってあったので、銀山はにこやかに華を迎え入れた。
「私たちは奥様の依頼で山根沢春平さんの失踪について調べています。春平さんの失踪には昔の恋人の墨田彩芽さんが深く関わっていると思っているのです。彩芽さんは事故に遭って亡くなったとお聞きしましたが……」と華の深刻そうな素振りに銀山は昔を思い浮かべるように腕組みして天井を見た。
「まぁ、そういうことですね。もう昔のことですからねぇ。実は、彩芽の遺体は発見できなかったのですよ。山梨で交通事故に遭ったらしいということだけでね」
「あの時は本栖湖キャンプ場で春平と二人で彩芽が来るのを待っていたんですよ。確か夜の七時か八時くらいでしたか。もうすぐ彩芽が到着するだろうと待っていたのに、結局現れなかったんです。家に電話したら母親が出て、二時間前に車で山梨へ向かったということだったのです」
「その後、数日間キャンプ場に留まって二人で探したんです。警察にも相談しましたよ。地元の警察の話では、国道の本栖湖キャンプ場入口で事故があってね。車が全焼し中に乗っている人も見当たらないという不思議なことがあったのです。春平はそれが彩芽の車だったのではないかと考えていたんですよ」
「そうすると彩芽さんの遺体はどうなったのでしょうか?」
「それが分からないまま、今に至っているのです。警察も遺体が上がっていないので事故に遭遇したのが彩芽さんであるとの断定はできず、事件として捜査ができなかった訳ですよ」
「春平さんはそれで納得したのですか?」
「もちろん、納得できる訳ないじゃぁないですか。彼はその後も彩芽を探し続けました。それでも手掛かりは得られなかったのです」
「そうでしたか。春平さんはその後どうしたのですか?」
「しばらくはキャンプ場の周辺を探し回っていましたが、人間というのは勝手なものですよね。どんなに大切な人であっても、時間の経過と共に徐々に彩芽への執着が失せてきたのではないでしょうか? だって、自分の生活がある訳で、そちらを疎かにはできないですから……」と銀山は悟ったように話した。
「そんなものでしょうか……」と華にはまだその感情が理解できるほど年を重ねてはいなかった。
一方、深川は彩芽の両親に接触していた。深川の質問に母親はこう答えた。
「彩芽はあの日、山根沢春平さんと銀山一郎さんとキャンプをする約束があるので本栖湖のキャンプ場に出かけると言って、自分の部屋でその支度をして夕方から自分の車で出発したのですよ。春平さんと彩芽は恋人同士でしたのでね。一人で嬉しそうに出発しました」
「そうでしたか。出発した後連絡はありましたか?」
「そっちに着いたら電話かラインしてねと言っておいたのですが、連絡があったのは春平さんからで、『彩芽さんはまだ到着していないのですが、何時頃出発しましたか?』という電話連絡をもらったのです。途中で高速のパーキングなどで休んでいて遅くなっているのだろうと思っていました」
「そうですよね。普通はそう考えますよ」
「結局、彩芽は何処にも現れなかったのです。消えてしまったということで、十年経ちましたが未だにどこにも彩芽はいません」と母親はわずかに笑っていたようだった。
それはもう諦めに似た気持ちなんだろうと深川は思った。その隣で父親は下を向いて黙っていた。母親と同じ気持ちでいたに違いない。




