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失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
15/45

施設内の診療所は何をやっているのか?

 二

 野末は月に一度運転手付きの黒い高級車で都内から出かけて来る。


 山梨県には他にもいくつか同じような施設があり、掛け持ちで教義のため訪問するのだ。教義は目的の一部で、実際は施設を組織の手の内に収めるべく監視をするための方便である。野末は帰りの車の中で考えた。


『本栖湖は上手くいっている。あの副施設長の凛子という女は大したもんだ。しっかりとした高等教育を受けていたのだろう。どこの大学を出ているのかは知らんが、頭が良い。施設内の女子たちの統制も取れている。あそこにいさせるのは勿体ない。中央に戻そうかなぁ』と思った。


『確か彼女は十年前に交通事故で健忘症になったと聞いていたが、その身元は分かっていないのか? まずはそれを調べなくてはならないな』


 そう思って、直ぐに山下に電話をした。


「山下さんか? 本栖湖の副施設長で凛子って女がいるんだけど、身元を調べてもらえんかのう?」


「あぁ、はい。凛子ですか? 身元ねぇ、こちらにある書類を調べてみます。ちょっとお待ちください」と言って山下は電話を切り、社長室の棚から書類を取り出し調べ出した。その十分後、野末に山下からの電話が入った。


「野末さん、凛子の身元は全く分かっていないのです。何でも当時、本栖湖付近で交通事故に合い、意識消失して施設内に運ばれたらしいです。事故時の頭部打撲で健忘症になり、その後から施設で暮らしているとのことです」と山下の通りいっぺんの報告だった。


「そんなことは分かっているよ。どこの誰だか全く分からないなんてことはあり得ないだろう。他に彼女の身元に関する情報はないのか?」と野末の怒った調子に山下もたじたじだった。


「そうですねぇ。当時の新聞やテレビの報道では、運転していた被害者は事故に遭遇したものに連れていかれたとのことです」


「それはうちの施設だろう」


「そうです」


「警察に失踪届けなど出ていなかったのか?」


「えぇ、それも調べました。都内から失踪届けのうち合致するものが提出されていました。その家族の話では、娘はおそらく都内から山梨の本栖湖キャンプ場に向う途中で失踪したかも知れないという若い女性の届けでした。氏名は墨田彩芽と言いますが、それが凛子だという証明はできていません。しかし、事故で全焼した車の焼け残った骨格部分から車種を特定したところ、家族の話から本人の車と一致しています」


「そうなのか。そうすると凛子はその女の可能性が高いかも知れないなぁ。家族にそのことは知らされているのか?」


「そこまでは分かりません。未だに家族は確認していないということは知らないのだと思います」


 野末が教団の幹部になってからまだ七年しか経っていない。十年前の話は野末自身も知らないことが多い。


 山下は野末より五年ほど古いのでその辺の事情には詳しい。だが、凛子の事故周辺のことは二人ともよく分かっていない。その時の状況は施設の嘱託医である(あや)()治夫(はるお)と看護師の時子のみが知っている。その二人が凛子を運び込んだのだから……。


 綾尾は時子とともに施設内診療所を法的にはきちんとした手続きを済ませて保険医として開業している。


 その主なる仕事は施設内に居住している会員の健康管理と近隣の往診と在宅医療である。外来患者は受け付けていない。それは不特定多数の人間に施設内のことを知られたくないからである。


 診療所の存在意義は往診や在宅医療をすることによって施設に入居できそうな若ものがいるかどうかを探すことが最大の目的であった。


 凛子は野末からそのことを聞いていて診療所の運営に関しては全く関与しないように努めていた。もちろん二人とも凛子をこの施設に運んできた当事者であるため、既に十年以上、まるで年老いた夫婦の様にここに住んでいる。施設内の会員数が年々増加しているのはこの二人の努力によることが多い。


「凛子さん、在宅をしている長瀬さんのお宅に中学生の女の子がいてね。いじめで不登校になっているのよ。父親は脳出血で寝たきり、母親はスーパーでパートとして働いているのよ。私たちは町からの要請で在宅診療しているの」と時子が凛子に報告した。


「住所は何処ですか?」


「あぁ、富士河口湖町本栖百十二番地です。スポーツセンターの裏側の一軒家です。母親は寝たきりの父親を抱えて、これ以上子どもの面倒は見られないと弱気になっていましたので、子どもはうちの施設で預かりますと言っておいたわ。入所料を心配していましたよ」と時子からの情報。


「そう。ありがとう。早速、伺ってみるわ」


 凛子は澄子と一緒に長瀬家を訪れ、母親に娘を預かることの了承を得た。


 入所には全く料金はかからないことを説明した。入所すればそこで同じような子どもたちと一緒に勉強ができるし、健康の管理もできることを施設のパンフレットを用いて話をした。


 そうやって若いうちに入所させ、会員の数を増やしていたのだった。


 特に、未成年の男女の中で問題のあるものを集め、施設内で教育し、成人した後教団の中核的存在として育てるのである。凛子はその役目を担っている重要な人物であった。



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