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十五話【天使の翼】

 今夜、少ない亜矢場の人々は目撃した。

 こんなにも綺麗で美しい夜空を駆ける、白鳥を。

 大きな白翼を広げて、空を踊って舞ってゆく。

 まるで天使の様な、白鳥を見た。


 深い暗闇に包まれた夜空を明るく照らす月光の様に。

 それはあまりにも美しく、眩しく、輝いていた。


 まるで、魔法の様に儚くて。

 まるで、剣の様に煌びやか。


 それを視界に入れたならば、眼に届かない範囲に行くまでただ見惚れる程に。

 それは眩しい光であった。


 人々は立ち止まる。

 そして、光を舞って飛ぶ白鳥を見た。

 静寂が轟く。音もなく、ただ白髪は夜空を駆ける。


 踊り、舞って、翔けてゆくのだ。


 今夜、夜空に天使が舞う。

 夜空は明るく照らして、人々に希望をもたらした。

 たとえ、それがなんだろうと。

 ─────それは、怖いぐらいに美しかったのだ。


 ◇◇◇


「お、おお、おおおおおお、おおおおおおおお⁉」

 と、飛んでいる……⁉ 


 俺はただ前から吹き付ける風に耐えながら、必死にソフィアの手を握っているだけで精一杯だった。だけど、少しばかり感じた。

 一瞬だけ視認する夜景。

 それは、本当に、怖いぐらい美しい。


 そして、事実を見て。幸福の絶頂に声を上げた。

「と、飛んでいる……! 飛んでいるぞ、ソフィア⁉」

「ええ、そうよ! なんたって私は、天使なんだからね!」

 俺は、ソフィアと手をつないで飛んでいる。


 ソフィアは絶世の白翼を、大きく広げて羽ばたいて飛んでいた。

 それは滑空している様にも、飛翔している様にも、浮遊している様にも、見て取れる。それは、言語化できないほど美しかった。


「……っ」

 恐怖など、とうに忘れている。


 そんな概念、どんなものだったかすら思い出せない。

 今はただ、美しさだけが脳を制していた。


 天から眺める亜矢場の夜景は、本当に美しい。

 これが、天を統べる者の特権だと主張するかと錯覚するほどに、それは恐ろしく美しい。

 そして、白髪を風に靡かせるながら、心底楽しそうに飛翔する天使(ソフィア)も、恐ろしく美しい。


 今夜は、全てが美しく見える。

 死なんて、どうでもいい。悪魔なんて、どうでもいい。過去なんて、力なんて、学校なんて、責任なんて、本当に、心底、どうでもいい。


 今はただ。

 この永遠を、ずっと感じていたかった。


 ─────それは、本当に美しい。


 地にすら触れず、彼女はただ天を浮遊する。

 冷たい空気に煽られながら、美しく楽しく飛んでいる。

 楽観的に、希望的に。彼女は美しく空を舞う。


「凄いな……、これがお前の見る世界ってか」

「うふふ、どう? 夜空も綺麗だけど。夜空から見る人間社会(きみたちのセカイ)だって、凄く綺麗なんだよ?」

「─────そう、だったんだな」


 天使は天を舞って、妖美に語りかけてきた。

 俺はそれに、感情を込めて、感傷的に、返答する。

 ただ、ただ、ただ、この時は空中浮遊を楽しんだ。


 月光は俺たちを照らし、明るく輝かしてくる。


 ─────。


 ◇◇◇


 そのまま、俺たちの或間の町へと帰ってきた。

 人気の少ない或間町駅付近の路地裏でゆったりと滑空するように、地面に着地する。

 或間町駅はかなり賑わいのある駅だったが、最近の怪奇事件のせいで夜中はほぼ人気がない。

 例え通りかかったとしても一人や二人程度だろう。


「はぁ…………」


 三十分程冷気に当てられていた為か、身体は思うように動かない。

 まだ冷えていて、エンジンが温まっていないのだ。

 その上、深淵に包まれた路地裏による恐怖から、その寒さは増幅する。


「ここまで、来たら……逃げ切れたのか?」

 俺は、両手をこすり合わせ摩擦熱で暖を取りながら問う。


 ぜぇぜぇと息を吐く天使に向かって。


「……ん、いや、アイツは執念深いから。こんなんじゃ、逃げきれないわ。ここで、一夜過ごすのよ。いや、逃げきるのよ」

「どんだけメンヘラなんだ、その悪魔は」


 どうやら、まだ全然逃げきれていないらしい。

 超高速で、移動したというのに。

 その執念深さには、吐き気すら感じる。


「……ま、仕方がないわ。悪魔っていうのは、そういう概念(そんざい)だから。そうじゃなきゃ、それはアクマとは呼べないから……」

「……?」

「ううん、なんでもない。早く行きましょう。悪魔が迫ってきてる」

「っああ、そうだな」


 取り敢えず、と路地裏から抜け出した。

 案の定、或間町駅付近は人気がほぼなかった。

 居ても、三人四人程度。

 予想より少し多いぐらい。


 大丈夫だ。

 俺は駅付近を天使と共に足早に闊歩する。


「……」

「……」


 ただ黙り込んで、俺はソフィアの後についてゆく。

 そこに会話は発生しない。

 あの廃病院で感じた静寂程ではないが、会話がないとなんだか落ち着かなかった。

 こんな経験、あまりないからだろう。


 ─────なにせ俺は、昨夜まで普通の男子高校生だったのだから。


 そんな経験、したくなかったし。

 するとも思っていなかった。

 普通、というのは実に偉大だと今更ながら痛感する。

 この、今の雰囲気は奇妙だ。


 普通、ではない。

 怪奇、でもない。

 人外、でもない。


 言うなれば、本当の不穏。

 嵐の前の静けさ、である。

 ここは、あまりにも静寂が支配し過ぎている。


 怪奇事件のせいで人気が少ないとはいえ、商業施設だ。

 それがたとえ夜だとしても、街は明るい電光に包まれているはずだというのに。

 店の一つすらやっていない。

 全て、閉店している様子。


 ……これは、おかしい。

 あまりにも、オカシイ。

 だから、俺はまた聞く。


「なあソフィア、なんかココ、おかしくないか?」

 と。


 すると、ソフィアは足を止めて。

 こちらへと振り向いて、返答してきてくれた。


「そう、かな? ……確かに、人気が少なすぎるというか。町全体が暗すぎる気はしなくもないけど。でも、どうして?」

「─────」


 でも、問題なかった。

 なにせソフィアはこの雰囲気を問題だと思っていないのだから。

 この異様だと感じたのは、俺の気のせいということだろう。


「いや、なんでもないよ。ソフィアが気のせいというなら、そうなんだろうさ」

「ワタル、その考え方はダメ」

「え?」

「あのね。人間ていう生き物は敏感だから、天使(わたし)よりも魔術とかの気配を感じやすい傾向にあるの。だから、貴方の方が魔術というのは感知しやすい、干渉しやすいし、影響を受けやすい」


 ─────と、いうと。

 この妙な感覚は、魔術だと言うのか?

 彼女の説明を聞いて、思考し始める。


「って、それは……なんだ? じゃあ俺が今感じている妙な感覚は魔術なのか?」


 そもそも魔術がなんなのか、その定義すら教えてもらえてないのだが。

 そんな事を思うけども。取り敢えず、なんとなくで使う。


「ええ、そうかもしれないわ」

 彼女は俺のコトバを聞いて、曖昧に即答した。


 不安が高まる。

 そんな曖昧な返事では、迫ってくる恐怖が増えてしまう。

 ああ、怖い。


 ……自分の脚が震えている事実を見て、ため息を吐く。

 俺は、ただの一般人だ。

 ちとばかし特別な力、厄介な力を持ってしまっただけの一般人に過ぎない。

 だから、こんな事で恐怖する。


「はは、ほんとに情けないな、オレは」

「……急にどうしたのワタル?」

「俺、少しばかし怖くてな。それが情けなくなっちまっただけだよ」


 立ち止まって、情けなくそんな事を告げる。

 ……ああ、馬鹿らしい。

 こんな事を言って何になるというんだ。

 同情して欲しいのか。俺は?


「─────あのね、ワタ……」

 そんな情けない俺を怪訝そうな眼で見つめた後、彼女は言おうとした。


 だけど、それは。

 遮られる。

 見知らぬ男のコエで─────。


「やぁ! 天明の少女よ。……それと、(ゴミ)が一匹かな?」

「─────っ⁉」

 刹那。絶句する。


 何故か、それは明白。

 俺たちの隣には、普通に立っている男がいたからだ。

 ソイツは同じ空気に溶け込むかのように、その場に立っていた。

 言語化不可能。─────ただ、異様。


 前に見た黒塊(バケモノ)と同じ黒いマントローブを纏っている金髪金眼の男

 その外見は─────二十代前半といったところ。

 至って、普通。イケメンなだけの男だ。


 だけど、一般人とは一線を画すナニカがあった。

 それは、違和感となって感覚に体積する。


「お前はッ─────誰、だ」

「……」


 俺の返答に、ソイツは答えない。

 ソイツの瞳は、ソフィアだけを見つめていた。

 ……俺の事なんて、眼中にないっていうのか。


 緊迫した瞬刻。

 隣に立つ天使は言う。


「……何用か? 生憎、私には時間ないんだ。円滑に言え、ファクト・モロ・ディファイアン」

「ははは、そんなぁ⁉ 君はいつも”時間がない”と、そう言うだろう? そして、いつまで経っても僕の手には堕ちようとしない。ああ、実に憎い存在だ。ソフィアリード・グローリー」


 意味不明な会話が、世界を交錯する。

 ファクト・モロ・ディファイアン。それが、この黒いローブ男の名だろう。

 ……俺は唇をかみしめて、ソフィアの前に立つ。


「おい、悪魔。コイツの前に立つな……」

「ん、ああ……遂に君も眷属を付けたんだね。偉いなあ?」

 俺の言葉なんて聞きもせず、ファクトはソフィアに語りかける。


 ……腹が立つ。

 だが、しかし、ダメだ。ここでは、我慢する。

 コイツと俺じゃ戦いにすらならないと、どこか確信があったのだ。

 俺じゃ勝てない、絶対に。


 そんな予想があったのだ。

 だから、俺は歯向かわない。


「ファクト。ワタルは別に私の眷属なんかじゃないわ、ただの人間よ─────」

「……⁉ それは実に面白い。まさか君が人間の眷属を取るとは……」

「だから、眷属ではないと、言っているだろう。ゴミはどちらだ、ファクト……っ!」

 ソフィアからは、これまでに感じた事がないほどの殺気を感じ取れた。


 これだけは分かる。

 これは、別次元の会話だと。

 それだけ、たった、それだけは、分かる。


 だがファクトはその殺気に、驚きすらしない。


「まさか、私から逃げるだけの為に『天翼』を解放した訳じゃあないんだろう?

 ああ、実に君は面白い」

「よく喋るじゃない。早く用件を言ってくれると、私も早く貴方を殺せるわ。……教えなさい、なんでこんな事件を起こした」


 ─────。

 ファクトの口元が二やついてゆくのを感じ取る。

 事件というのは、或間町で起こっている怪奇事件についてのコトだろう。

 ああ、そうか。と、そんな事を思って合点がいく。


 ─────そうか。

 コイツが、犯人だったっけか。と。


「そんなの決まっているじゃあないか!! 君を或間町(ココ)におびき寄せる為。それだけ、さ。僕もね、昔とは違うんだ。人間共(ゴミ)とつるむようになってね、君という媒体が必要になっただけさ」

「私を、おびき寄せた─────と、言うのね」

「ま、つまるところそう言うさ! なにせ君は道徳的で、倫理的な思考の持ち主だ。僕は、君の良心というモノを、信じてみたのさ」

「……ふざけるなっ、ファクト!!」


 彼女の殺気が、より増していく。

 意味が分からない。

 なんだ、なんの話をしているんだ。


 事件を起こした理由が、彼女(コイツ)をおびき寄せる為……?

 そんなコトのために、コイツは。悪魔は、人を殺したと、言うのか?

 ただ、それだけのために?

 私情のために?


 ヒトを殺したと、言うのか?


「─────ああ、今日は空気が酷く澄んでいる」

 ヒトリゴトを、呟く。


 理性が、ふと崩壊し始める。

 それを己でも認知し、自認する。


 これは、知っている。

 理性が崩壊し、己が暴走する前兆だ。

 ダメだ、これ以上先に進んだら、ダメだ。

 ─────コイツに歯向かったら、死ぬ。


『ダカラ、ナンダ?』

『オレは一度、シンデイルというのに?』

 脳内にノイズが走る。

 抑制出来ない。


 力が、無理やりに出てくる。


「─────っ、ぁ」

 呼吸は正常に非ず。

 己が力は人に非ず。


 生命消失。

 生命断絶。  

 生命構築。


 ─────あたまが、しんそこいたくなる。


「─────」


 無意識に歯を食いしばりながら、服の袖をたくし上げて右腕を露出させた。

 脳に痛みを伴い、右腕もより一層深く、濃く、”生命外”を理解する。

 眼前に立つのは、生き物に非ず。


 ならば、消しても問題ない。

 人間というゴミみたいな倫理観は無視出来る。

 生き物ではないものならば、生命ではない。

 ならば、殺しても問題はない。


 ─────うでがいたい。


 ああ、腕が痛い。

 そう思いながら、ただ右腕の力を解放する。

 視界は赤く染まり、世界にすらそのアカイロは浸食した。


 世界を、犯している。


「─────ぃ、ぁを」

 喉から吐血して、枯れてしまう。


「む、これは……なんだ。この力は」

「ワタル、また……っ⁉」

 己が力を理解する。


 二人の声が聞こえるが、それはとても遠くに。

 俺はただ背負っていた袋から凶器(かたな)を取り出して、鞘から外す。

 そして、ソレヲ左手に構えた。


 猶予?

 そんなモノは不要だ。

 こんなゴミみたいな概念は、直ぐに消失(きえ)てしまえばいい。

 だから、オレは剣を振るう。


 ─────ガンっ!

 と、鈍い音が静寂に鳴り響く。


 視界は薄暗い、上手く認知できない。

 だが、その中でもただ分かったコトがあるとするならば─────。

 俺の攻撃を、悪魔(ヤツ)は腕で日本刀を防いだという事だけである。


 ただの腕に、ただの日本刀。

 日本刀が腕に衝突しても、(それ)は異常なほどに固く、刃は肉にめり込むことはない。なんともむなしい鍔迫り合いだ。


 ─────だが、オレは止まらない。

 肉体的限界、疲労は全て通り過ぎている。

 それはただの通過点に過ぎない、俺は大丈夫だ。


 腹から声を上げて絶叫する。

「─────殺す」

 と。


 だが、ソイツは焦る事もなく。

 ただ奇妙に笑うだけ。


 剣戟は繰り返される。

 俺はただただ本能を剥き、幾度もなく音速を超える剣撃を与え続けた。

 だがそれは無意味。


 ソイツには、全くもってダメージは入っていなかった。

 人外だと、理性が薄れゆく思考内で嘲笑う。

 コイツは倒せない。そう思いながらも、ただ攻撃を続ける─────!



「君は、奇妙だ。実に稀有な力」

「ガ、─────ァ!」


 脳が震える。

 腕が軋む。


 充血さえ繰り返し、それはもうただの赤色の動く(みぎうで)

 右腕が痛い、はち切れそうなぐらいの激痛。

 だが、耐える。


 ただ、ここで、コイツを殺す、それだけを考える。


「ァ─────!!!」

「ワタル……! その力は、使ってはダメ!!」

「……!!!」


 ダメだ。

 ソフィアから、何か聞こえてくるが、何も聞こえない。

 無音のセカイで、ただ絶叫を繰り返す。

 肉体は疲労を超えて、笑い出した。


「でも、君では僕に届かない……!」

 ニヤリ、それは擬音語ではなく。

 まるで音がそのまんま脳に伝わる様に、奇天烈にソイツは笑う。


 そして。

 俺に向かって、蹴りを繰り出してきた。

 ─────その速度は、俺の速度を遥かに凌駕。


 止められない。

 その事実だけが、脳をよぎり。

 俺は直に、腹へと攻撃を食らった。


「……あ」

 それは、あまりにもあっけなく。

 吐血して、一瞬にして俺の朱色のセカイは失われて。

 酷い眩暈と共に、五感がほぼ全て消え失せた。


「─────」

 声も出せず、その場に倒れ込む。


 ─────心臓が停滞した。


 意識はあまりにも遠い場所へ、果てへと消えてゆく。

 感じるのは『死』。辿り着くであろうは『死』。

 視界は更に薄暗く染まるだけ。

 それだけしか認知出来ない。


 五感はほぼ消えてしまったのだから。

 もう、動きようがない。

 ……死、その感覚に静かに怯えた。


 音も聞こえない、いや。

 全て、感じる。


 スベテ、カンジル。


「……っあ、はぁ、はぁ、はぁ」

 地べたに這いつくばって、激痛にもがく。

 心臓が稼働し始めた。


 痛い。痛い。痛い。痛い。

 危ない、死ぬところだった。

 あまりの激痛に俺は手で、蹴られた腹に触れる。


 すると、妙な、ぬちゃり、とする感覚が手から伝播した。

「……?」


 恐る恐る手を見てみれば、そこには赤いエキタイがついていた。

 それを見て、全身が凍りつく。


 これは、チだ。己の血だ。


「あ……あ、ああ」


 どうやら、かなり出血している様子。

 体温が下がってゆくのを、直に感じる。

 そして脇腹さえも痛く、脆く。


 ─────くそう。


 悔いまみれで地べたに横たわっていると、男が笑いながらやって来た。


「はは、ははははは! それほどの稀有な力の持ち主でも。所詮は、人間。一撃でも僕の攻撃を食らえば瀕死なのだからね。ああ、可哀想に。七色紡ぎの天腕の持ち主よ」

「……っ、」


 男は、あまりにも強かった。

 これが悪魔かと、認知する。

 絶対的な種族差の壁、それを目の当たりにしたのだ。


「……おま、えは……さ、何者なんだ、よ」

「─────おお、まだ喋るんだ人間。まぁいいさ、僕も教えてあげよう♪ 私の名は『ファクト・モロ・ディファイアン』。高潔なる源種(かいじん)にして、悪魔である」

「……」


 声すら、もう出せない。

 ああ、そうか。コイツは、悪魔の序列で一番上の存在か。

 それは、届かない、よ……な……。


 吐き捨てる様にそう思考した。


「わ、ワタル……!!!」

 白い悪魔が、俺に近づいて来る。


 その表情は─────いつにも増して弱弱しそうで。

 俺の方こそ、困惑する。

 心配してしまう。


「あ、そうだった。実は僕もまだ多忙な身でね、”今は”まだ君には用がない。ただ、眷属が殺されたから気になって見に来ただけさ」

「─────ファクト。お前は、絶対に私が殺す」

「くく、やれるならやってみるがいいさ。なにせ僕は今まで君を追いかけてきたストーカーだ。次は君が僕のストーカーをやれば良い! その方が、先の宴も楽しめそうだからね。私の天敵は、五年前に消えているからね。─────ああ、それが良い」


 黒い悪魔はそう言い残すと、霧に様に霧散して消えていった。

 どうやら俺たちを見逃してくれるらしい。

 そこには血塗れに横たわる俺と、それを心配してくれてるであろうソフィアだけが残っている。


 ─────ああ、身体が痛い。

 というか、また、眠ってしまいそうだ。

 ゆっくりと眼を瞑りながら、ソフィアに語りかける。


「な……あ……、俺さ。もう、眠りそう」

「……! そんな事をしたら、死ぬわよ馬鹿!!」

「あはは、そんなつもりは……ないんだけど……な……」


 こうして、俺は完全に目を瞑った。

 と、思ったら強く拳で頬を殴られた……!


「い、痛いっ⁉」

「待ってて、寝ないで!! 取り敢えず、ワタルの家に行きましょう。応急処置をするのよ!」

「あ、あああ……!」

 その後も何回か頬を、ソフィアに殴られる。


 おかげか、寝ないで済んだ。

 ─────空を見上げれば、星々は美しい。

 空気も冷たく、澄んでいる。

 ああ、今日は酷くて、美しい一日だった、な。


 感傷に浸りながら俺は再びソフィアに抱っこしてもらって、志摩家に向かうのだった。

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