第8話 あなたのいない夜
「御披露目の会…ですか?」
「ああ。父上が挙式の前に、俺が番を得た事を発表したいと言うんだ。それに公にすれば、グラント家の者は君に手出しができない。君の方がずっと地位が上になるからな」
「…地位とかは望んでおりません。ただ、御披露目会でジルニオン様の番として認められたら嬉しいです」
「もちろん、誰も異を唱える者などいるはずもない。君は天に選ばれし番であり、俺の魂の伴侶だ」
「ジルニオン様…」
「新しいドレスを作らねばな」
「え! も、もう十分すぎるくらいありますからっ」
「大事な番の御披露目だ。誰よりも素晴らしい姿を見せてやろう。それが終わったら、挙式の準備だ。そうしたら君は名実とともに俺の妻になる」
ジルニオン様が嬉しそうに未来の予定を語る。
私はその言葉に笑顔で応えた。
『番』
その言葉を聞くと安心する。
ここにいてもいいのだと思えるから。
母が亡くなってから、私の居場所はどこにもなかった。
求められる事も愛されることもない日々。
でも今は…
私を求め、愛してくれる人がいる。
ジルニオン様。
あなたのいる場所が、私の居場所―――――
◇
番御披露目会当日。
「本日はご多忙の中、お越しいただき、誠にありがとうございます」
当主であるドラグール侯爵がグラスを片手に壇上へ上がり、挨拶を始めた。
「この度、我が息子でありドラグール家の後継者であるジルニオンが番と出会えた事をご報告いたします」
その瞬間、歓声が沸き上がる。
侯爵は続けた。
「ドラグール家で四半世紀ぶりに番が現われ、息子が出会えた事はこの上ない喜びであります。そして、ドラグール家の益々の繁栄と番を得た息子の幸せを願って!」
侯爵がグラスを掲げると、出席した貴族たちも一斉にグラスを掲げる。
そして会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
ジルニオン様が番と出会った事は既に周知の事実となっていた。
出席されているお客様は、私への好奇心でいっぱいだろう。
ドラグール侯爵の挨拶が終わると、お客様たちはジルニオン様と私の元へやってきた。
そして次々に祝辞を述べていく。
一通りの挨拶が終わった頃、父と義母そしてアイナが近づいて来た。
「…っ!」
私は一瞬身構える。
「大丈夫だ、俺がいる」
すかさず、ジルニオン様が声をかけて下さった。
「…はい」
ジルニオン様の腕に掴まっている私の手に彼が触れる。
それだけで、心が落ち着いた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
父がジルニオン様に挨拶をし、三人が頭を下げた。
今までの事を考えると妙な光景で、居心地が悪い。
「ジルニオン様、我が娘を番として迎え入れて下さり、心より感謝申し上げます。ぜひ祝杯を挙げさせていただきたく存じます」
そういうと近くにいた給仕係を呼ぶ父。
いち早く《《赤ワイン》》が入ったグラスを取るアイナ。
(ジルニオン様より先にグラスを取るなんて…)
だが、彼女の不躾な行動にジルニオン様は気にする様子もなく、他のシャンパングラスを手にした。
続いて私もシャンパングラスを取る。
ジルニオン様は一気にシャンパンを流し込んだ。
私はアルコールが苦手なので、口を付ける程度に留めた。
父と義母、そしてアイナもグラスの中身を飲み干す。
「では、ゆっくりお過ごし下さい」
ジルニオン様は父たちにそう告げると、私とその場を後にした。
アイナが口角を上げながらジルニオン様に視線を送っている。
私はその事が気になっていた。
「わぁ、とてもきれいです」
「庭師が喜ぶ」
「ふふ」
私たちは庭園に足を向け、季節の花を愛でていた。
その時――――…
「…うっ…? あ…っ!」
ジルニオン様が急に頭を押さえ、呻き声を上げた。
「い、いかがされましたか?」
私は彼の背に手を当て、声をかける。
「………ル、ティーザ……」
「はい?」
一瞬、彼が目を見開いて私を見つめた。
そして、小さな声で呟く。
「……これは…っ」
「どうか…されましたか?」
「…い、や…何でもない…。会場に戻ろう」
「あ、はい」
すると足早に会場へ向かって歩き出したジルニオン様。
私はその後を、小走りで追いかけた。
会場の入口で立ち止まり、誰かを探すように視線を動かしているジルニオン様。
「…誰か、お探しですか?」
「……」
私の声に反応しない。
もう一度声をかけようとした時、ジルニオン様の動きが止まった。
視線の先には……アイナがいた。
この状況の意味が分からなかった。
なぜ、ジルニオン様はアイナを見つめているの?
「ジルニオン様?」
「あ…っ」
やっと私の方を見て下さった。
けどすぐに、つい…っと視線を逸らされた。
「今は…パーティーを終えねば…な…」
それから列席者の方々と語り合っていたけれど、ジルニオン様が私の方を見る事はなかった。
どこにいてもその視線はアイナの方を向いていた。
―――――なぜ…?
一体彼に何が起こったのか、訳が分からなかった。
パーティーが終わる頃、父たちが挨拶に来た。
その時、アイナが躓き倒れそうになったところを、ジルニオン様がとっさに抱きとめる。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
一瞬の出来事に、胸が波立った。
父たちが馬車に乗り込み帰られると、ジルニオン様もすぐにどこかへ出かけて行ってしまった。
何も告げず、私ひとり残して……
その夜、ジルニオン様がお戻りになることはなかった。
「ジルニオン様…」
私は贈られた指輪を見ながら、彼の名を呟く。
この先に残酷な裏切りが待っているとも知らずに、私は眠れぬ夜を過ごした。




