第7話 番結び(side:アイナ)
「これが『番結び』の薬なの? これを飲めばあの女じゃなくて、私が番になれるのね?」
目の前には、闇市にある薬屋の店主が座っている。
番に纏わる違法薬物を専門に取り扱っている店だ。
父の知人が仲介人を通して、薬を注文し、今日それを届けにきたのだ。
「へぇ、あんたも手に入れたい番がいるのか? これさえ飲めば、相手はあんたを番と認識する。それによって相手の性的な欲求や興奮が引き起こされる。だから本物の番がいても、あんたに強く反応するだろうよ」
薄笑いを浮かべながら、箱に入った薬を私の目の前に出す。
同席している父と母は、眉を顰めながら男を見ていた。
「使い方は?」
「本物の番の身体の一部をこの瓶の中に入れるんだ。血でも爪でも髪でもなんでもいい。ワイン色に染まれば完成だ。簡単だろ?」
男は自慢げに説明していた。
ルティーザはほとんどの物を残して出て行った。
まぁ、あんなボロ部屋から持って出て行くような物はなかったようだけど。
櫛があるからいくらでも髪の毛を使えるわ。
それにしても…
「こんな小さな小瓶一本が26万ルグル? あまりにも高すぎない? もう少し安くできない?」
事前に相場は聞いていたが、値切れるだけ値切りたかった。
私は男の手に触れ、上目遣いで媚びる。
「無理なら買わなくていいんだぜっ いくら出してもいいから番になりたいってヤツはごまんといるんだからよ」
私の手からすっと離れ、薬を仕舞う男の動きを慌てて止めた。
「か、買わないとは言っていないでしょ! お父様、払って!」
私の頼みを聞かないなんて!
平民のくせに、いじましい男!!
「これでいいだろう! さあ、もう出ていけ!」
お父様が、札束を男の前に叩きつける。
「納品書の受領欄にサインをいただけますかね? わざわざ取り寄せたんですから」
「チッ」
面倒臭そうに、差し出された書類にサインをするお父様。
「あと、その薬…」
「それを持って、早く出て行きなさいっ! 来た通り、人に見られないように裏口から出て行くのよ!」
必要な物が手に入れば、薄汚い人間に用はない。
お母様が追っ払うように、男を怒鳴りつける。
「…毎度あり~っ」
男はさして気にする様子もなく、飄々と部屋を出て行った。
パタン…
「…効能をきちんと読んで下さいよぉ~…って、言おうとしたんだけど…ま、いっか。ハッ! やっぱりいけすかねぇな、貴族ってやつは」
扉の向こうで漏らした男の独り言は、誰の耳にも届かなかった。
「お父様、お母様、これで私が番になれるわっ」
「ああ、おまえがジルニオン様の伴侶だ! これで我が家門も安泰だ!」
「ルティーザなんかには分不相応だったのよっ 最初からあなたが番であるべきだったんだから」
「当然よ!」
ジルニオン・ドラグール。
ある晩餐会で彼を見た瞬間、心を奪われた。
瑠璃色の瞳は端正な面立ちをいっそう引き立て、長い銀髪を揺らす優雅な立ち居振る舞いに、令嬢たちは魅了された。
そして彼の心を求めずにはいられなくなる。
ああ…あの胸に抱かれたらどれ程の幸福感に酔えるだろうと。
そして、あの方の番になりたいと…
なのに…
選ばれたのが異母姉だなんて!
冗談じゃないわ!!
前妻の子供である異母姉はただの厄介者。
それでもあいつをここに置いていたのは、私のため。
誰にでもストレス発散させるものは必要でしょ?
あいつを殴る度に、気分が晴れ晴れしたのよね〜。
その厄介者がジルニオン様の隣に立つなんて、許せるはずがないじゃない!!
「これにルティーザの髪を入れて飲めば…」
手に入れた『番結び』の薬を見ながら、その先を見据える。
彼は私を本物の番と認識する。
それによってさらに性的欲求を引き起こされるから、私の方により強く反応するはずだわ。そうすれば……
「ふふふ…あはははは!」
ジルニオン様が私に夢中になる姿を思い描き、笑いが漏れた。
そしてチャンスは、すぐやってきた。




