第6話 ひとときの幸せ
「も、もう充分ですっ ジルニオン様」
「まだまだ足りぬ。次は宝石店だ」
「ジ、ジルニオン様っ」
今日はジルニオン様と街へ来た。
洋装店で既製品のドレスを5点、オーダーメイドで5点注文された。
他にも靴、バッグ、帽子。
その上、次は宝石店へ向かうという。
グラント家を出て、ドラグール家で住むようになってから3週間。
毎日のように出かけては、何かしら私の物を買って下さる。
着の身着のままでドラグール家を出て来た私のために。
部屋のクローゼットにもキャビネットにもドレスや宝飾類などが、所狭しと入っている。
けれど…今までの生活と真逆の贅沢な日々に、私はまだ慣れないでいた。
心のどこかで不安になっているのかもしれない。
この幸せは、ずっと続くのだろうか…と…
「あ、あのっ もう充分です! 昨日も宝石を買って頂きましたし…っ」
「今まで苦労した分、君を甘やかしたい。何でも望みを言って欲しいのに、慎ましやかな君は遠慮するばかり。だからいろいろ贈りたいのだ」
「ジ、ジルニオン様…っ」
お気持ちは嬉しいけれど十分すぎて、買い物する度に気が咎める。
『何でも望みを言って欲しいのに…』
それを言えば、今日の買い物は終わるかしら。
「あ、あの、ひとつだけ欲しいものがあります」
「何だ!? 何でも言ってくれ!」
ジルニオン様が嬉しそうに尋ねる。
「…その…画材道具を…」
「画材道具?」
「はい。私…絵を描く事が好きで、実母も私の絵を見てとても喜んでくれていました。しばらく描く事はなかったのですが…もう一度始めたいのです」
画材道具はアイナに捨てられた。
どの道、あの家で絵を描く時間などなかったけれど…
「ひとつ条件がある」
「じょ、条件ですか?」
いきなり言われて私は驚いた。
何を言われるのだろう。
「最初に描く絵は、俺にしてほしい」
片目を瞑りながら自分を指差すジルニオン様。
ふっと笑いを零しながら私は答えた。
「はい、もちろんですっ!」
そして私たちは画材店へと向かった。
◇
「…ジルニオン様、動かないでいただけますか?」
帰宅すると、ジルニオン様をモデルにさっそく描き始めた。
休憩を入れているが、1時間も座りっぱなしでさすがに飽きて来た様子のジルニオン様。
「そうは言うがな、じっとしているのは…その、結構つらいのだぞ」
「ふふ、もうすぐできますから。あと少しだけ我慢して下さい」
子供のようにすねた様子が可愛らしくて、思わず笑みが零れる。
「どんな感じになった?」
ジルニオン様が立ち上がり、私の後ろに回った。
「あ、動かないでと申しましたのに…」
「素晴らしいっ まるでそこに俺がもう一人いるようだ」
「それは言いすぎです」
褒められ慣れていないから、少し恥ずかしくなってしまった。
「いや、本当だ。それにしても…俺はこんな顔をしていたのか?」
「どこか変ですか?」
「いや、嬉しそうな顔をしているな…と思ったんだ」
「私の願望が入っているのかもしれません」
「願望?」
「私がとても幸せだから、ジルニオン様にも同じ気持ちであって欲しいと…」
「幸せだよ、君と出会えて」
「私もです…ジルニオン様…」
私は見上げながら言った。
すぐ目の前にジルニオン様の瑠璃色の瞳が近づく。
ジルニオン様の唇が私の唇に優しく触れた。
「愛している、ルティーザ」
「私も…お慕いしております…」
「これを君に…」
そう言いながら私の前に跪き、指輪を取り出した。
「なんて美しいの…」
ジルニオン様と同じ色の宝石が光を放っている。
私の左手を取り、薬指に嵌めて下さった。
「結婚指輪はもっと美しいものを送るよ」
ジルニオン様は私の指に口づけをそっと落とした。
「もう充分に素晴らしい指輪です」
「君は本当に欲がないな」
彼は私の手を握りながら、困った様子で笑う。
「欲なら…あります」
「うん?」
「この幸せがいつまでも続く事を心から願っています」
「その願いを叶える事は簡単だよ」
ジルニオン様が微笑みながら答える。
私は幸せな毎日に酔いしれていた。
この時間が泡沫の夢だとも知らずに……




