第4話 仲間との決別
俺は霧の中、しばらくその場に座り込んでいた。魔力の枯渇による頭痛は、時間と共にゆっくりと引いていく。完全に回復したわけではないが、動けないほどではなくなっていた。
「……行くか」
倒れた《深層喰らい》の巨体を見やる。危険度Aの魔物だ。素材は間違いなく高く売れる。これだけの大きさだ、解体せずに持ち運ぶのは普通なら不可能だろう。
「いや……俺なら、できるんじゃないか」
《保管》は本来、荷物を異空間にしまうための魔法だ。サイズの制限がどこまでなのか、これまで意識したことはなかった。だが今は、覚醒前とは明らかに力の質が違う。
「収まれ」
意識を集中し、魔物の巨体全体に《保管》を発動する。一瞬、強い抵抗を感じた。これまで運んでいたのは剣や薬瓶程度の小物ばかりだ。生物――しかも危険度Aの死体ともなれば、容量も負荷も比較にならない。
「ぐ……っ!」
頭の奥に鋭い痛みが走る。それでも意識を保ち、押し込むように力を流し続けた。やがて、巨体がゆっくりと光に包まれ、空間の裂け目へ吸い込まれていく。
数秒後、何も無くなった地面だけが残された。
「……入った」
驚きと同時に、どっと疲労が押し寄せてくる。容量としては問題なかったらしいが、消費した魔力は相当なものだった。荷物持ちとして培った《保管》の経験――収め方の感覚自体は、誰よりも積んできた自負がある。それが、今になって役に立っている。
「これなら、素材を丸ごと売れる……」
危険度Aの魔物を単体で討伐し、さらに無傷の状態で回収する。冒険者ギルドに持ち込めば、ちょっとした騒ぎになるだろう。
俺は立ち上がり、霧の奥――仲間たちが去った方向に目を向けた。追うべきか、追わないべきか。少し考えて、足はそちらへ向いた。文句を言いに行くわけではない。ただ、自分の足で歩いて、どんな顔をしているのか見てみたかった。
しばらく歩くと、声が聞こえてきた。
「だから言ったでしょ、ロウなんて連れてくるべきじゃなかったって」
「悪い悪い。でも荷物持ちがいないと運搬が面倒だったからな」
リーネとダルトだ。少し開けた場所で、戦闘の後処理をしているらしい。俺は気づかれないよう、霧に紛れて近づいた。
「まあ、死んだなら死んだでいいだろ。新しい荷物持ち雇えばいいし」
「そうね。安い奴ならいくらでもいるもの」
その言葉に、思っていたよりも心は揺れなかった。むしろ、どこか冷静に「ああ、やっぱりそうか」と確認するだけだった。覚醒した魔法が、自分の中の何かを変えたのかもしれない。
俺は霧の中から、静かに足を踏み出した。
「……まだ生きてるぞ」
二人が同時に振り返る。ダルトの顔が驚きに固まり、リーネは一瞬、目を見開いた後、すぐに表情を取り繕った。
「ロ、ロウ……? 無事だったのか!よかった――」
「無事じゃない。胸を貫かれて死にかけた。お前らが逃げた後にな」
ダルトの笑顔が引っかかったように固まる。リーネは何も言わず、視線を逸らした。
「……何か言うことはないのか」
沈黙が霧の中に落ちる。やがてダルトが、ばつが悪そうに口を開いた。
「いや、その……あの時は仕方なかったんだ。あのままじゃ全滅してたし……」
「替えがきく、って言ってたな。荷物持ちなんて」
ダルトの顔が分かりやすく青ざめた。聞かれていたとは思っていなかったのだろう。
「それは……」
「いい。説明はいらない」
俺は短く言って、二人の脇を通り過ぎようとした。怒りをぶつけるつもりはなかった。ただ、もう一緒に歩く理由がないというだけだった。
「ちょっと待ってよ!」
リーネが声を上げる。
「あなた、その傷……どうやって治したの? さっきまで死にかけてたはずよね」
鋭い指摘だった。荷物持ちでしかなかった俺が、致命傷を負った状態から平然と歩いている。違和感を覚えるのは当然だ。
「俺の魔法だ。お前らには関係ない」
「関係ないわけないでしょ! パーティの戦力なんだから――それと、《深層喰らい》はどうしたの? 倒したの? 素材は――」
「もうパーティじゃない。素材も、俺が回収した」
短く言い切ると、リーネが言葉を失った。ダルトも何も言えずに立ち尽くしている。
俺は二人に背を向け、霧の奥へ歩き出した。今までなら、こんな決断はできなかっただろう。荷物持ちとして縋るしかないと思い込んでいたから。
だが今は違う。胸の中に、確かな力が眠っている。
「これからは、俺一人で進む」
霧が俺の背中を包み込むように流れていく。後ろから、ダルトが何か叫んでいたが、もう耳には入らなかった。
第十二層の奥――まだ見たことのない景色が、その先に広がっているはずだった。
第4話、お読みいただきありがとうございます!
今回は、ロウが元パーティと再び顔を合わせる回でした。指摘いただいた通り、《深層喰らい》の巨体をそのまま《保管》で回収するという展開を加えています。荷物持ちとして培ってきた収納の経験が、覚醒後も地味に活きているという形にできたかなと思います。
ダルトとリーネとの対峙は、怒りをぶつけるような派手な展開ではなく、静かな決別という形にしました。ロウ自身、もう彼らに何かを期待していないからこそ、淡々と対応できているのだと思います。
次話では、ロウが独りでダンジョンの奥へ進んでいく中で、回収した素材や《深層喰らい》の討伐がどう扱われるのか、ギルドとの絡みも含めて描いていく予定です。
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