第3話 収納魔法、最後の一撃
俺は薄れる霧の中、《深層喰らい》と対峙していた。死角からの一瞬移動――その余韻で、まだ視界がわずかに揺れている。だが止まる暇はない。
「もう一度……できるか」
座標点に意識を集中させる。さっきよりも、わずかに反応が速い気がした。まるで筋肉のように、使うほど馴染んでいく感覚がある。
魔物が咆哮し、巨大な本体ごとこちらへ突進してきた。これまでの触手攻撃とは違う、全身を使った体当たりだ。回避するには、もっと大きく空間をズラす必要がある。
「足りない……このままじゃ、間に合わない」
座標点をいくつも同時に動かそうとした瞬間、頭の奥で鋭い痛みが走った。
「ぐ……っ!?」
覚醒したばかりの魔法には、明らかに代償があるらしい。視界が滲み、足元がふらつく。それでも止めれば終わりだ。
「《保管》……!」
咄嗟に、これまで唯一使えた魔法――荷物を異空間にしまう力に手を伸ばした。理屈はない。ただ、本能的に「これしかない」と感じた。
意識を魔物の巨体そのものに向ける。当然、生物を収納できるはずはない。だが、わずかに触れた瞬間、魔物の前面の空間――突進の軌道上にある“空気の層”ごと、一瞬だけ異空間に呑み込まれた。
「は……入った……?」
完全な収納ではない。ほんの数十センチ分の空間が一瞬だけ抜け落ち、魔物の突進が宙を踏むようにわずかに沈み込んだ。バランスを崩した巨体が、地面に大きくつんのめる。
「今しかない――跳べ!」
俺は座標点を蹴るように飛び、魔物の背後、無防備な側面へ移動した。浮かんでいた魔道具のひとつ――以前から運んでいただけの古い短剑が、引き寄せられるように俺の手に収まる。
「これも……《保管》の力なのか」
理屈を考える時間はなかった。剣を構え、転倒した魔物の側面――鱗の薄い部分に向けて、力の全てを叩き込んだ。
「終わってくれ……!」
刃が深く食い込み、魔物が今までで最も大きな悲鳴を上げる。黒い血が噐き出し、巨体が大きく痙攣した。だがまだ息はある。完全に倒したわけではない。
俺は荒い呼吸のまま、距離を取った。魔力はもうほとんど残っていない。頭痛も酷くなっている。これ以上、長く戦うのは無理だ。
「……一度だけだ。もう一度、隙を作れたら」
魔物が苦しげに身をよじりながら、それでもこちらを見据えてくる。まだ終わっていない。だが、こちらにも――もう後がない。
霧の中、最後の一撃に向けて、俺は静かに息を整えた。
第3話、お読みいただきありがとうございます!
ついに《深層喰らい》との決着がつきました。覚醒直後の不安定な力を、なんとかギリギリでやり繰りしながらの勝利、という形にしてみました。完全な制圧というより、「賭けに勝った」という綱渡り感を大事にしたつもりです。
次話からは、ロウが今後どう動いていくか――ダルトたちと再会するのか、それとも単独で先へ進むのか、という展開を考えています。覚醒した時空魔法の正体についても、少しずつ明らかにしていく予定です。
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