第39話 新たな存在の覚醒
亀裂が、ゆっくりと塞がっていく中、俺たちは、力を緩めずに作業を続けていた。
「あと、少しだ」
亀裂の表面が、徐々に淡くなっていく。第十二層での経験よりも、明らかに穏やかな進行だった。
『……ありがとう……』
声が、わずかに、安堵したような響きを帯びた。
『……痛みが……消えていく』
「そうだ。傷が治れば、お前も、穏やかになれる」
最後の一筋の光が、亀裂の中に消えていく。地面の振動が、完全に止まった。
「塞がった……」
セレンが、装置を確認しながら呟いた。
亀裂があった場所から、淡い光が、ゆっくりと浮かび上がってきた。第十二層の災厄よりも、小さく、より透き通った輝きをしている。
『……我は……どうなるのだろう』
光から、戸惑うような声が響いた。
淡が、静かに、その光に近づいた。
「心配しなくていい。我も、かつて、同じ道を歩んだ。そなたも、新しい姿を、得られるはずだ」
『……新しい、姿……』
光が、淡の方に向かって、ゆっくりと近づいていく。まるで、淡を「先輩」のように感じているかのようだった。
「ロウさん、ミラさん」淡が、こちらを向いた。「この子に、少し、力を貸してくれないか。我一人では、上手く導けないかもしれない」
「もちろんです」
俺とミラは、淡と共に、光に向けて、改めて力を集中させた。これまでの「傷を縫う」力とは違う、淡が経験したような「形を保つ」ための力だった。
「繋がれ、形に」
「遅れろ、安定するまで」
淡が、自分の経験を語りかけるように、光に向かって、静かに言葉をかけた。
「恐れることはない。そなたは、もう、傷ではない。一つの、独立した存在になろうとしている」
光が、ゆっくりと、形を変えていく。これまでの淡の覚醒と同じように、徐々に、人のような輪郭が現れてきた。
「これは……」セレンが、興奮した様子で記録を取った。
光が収まると、そこには、小さな子供のような姿の存在が立っていた。淡よりも、さらに幼い印象を受ける。
「……これが、我の、新しい姿、なのか」
声は、まだ、少し不安定で、幼さを感じさせるものだった。
ミラが、優しく微笑みながら、近づいた。
「驚かせて、ごめんなさい。私たちは、あなたを、傷つけるつもりはありません」
「分かっている……感じる。そなたたちが、我を、助けてくれたことを」
淡が、その小さな存在の前に、膝をついて、目線を合わせた。
「我は、淡という。そなたも、これから、新しい名前が必要だろう」
小さな存在が、淡を、不思議そうに見つめた。
「そなたも……我と、同じ存在だったのか」
「そうだ。我も、かつて、歪みから生まれた。そして、ロウとミラのおかげで、こうして、新しい姿を得た」
その言葉に、小さな存在の表情が、少しずつ、安心したものに変わっていった。
「我も……そなたのように、なれるのだろうか」
「もう、なっている」淡が、優しく答えた。「あとは、これから、何を学び、どう生きるか、それを見つけていくだけだ」
俺は、その小さな存在に向けて、声をかけた。
「名前は、考えているか? もし、まだ決まっていないなら、一緒に考えよう」
小さな存在が、少し考え込むように、沈黙した。
『……分からない。だが、そなたたちが、決めてくれるなら、それを受け入れたい』
ミラが、優しく提案した。
「『凪』、なんてどうでしょう。混乱していた気持ちが、穏やかに静まっていく――そんな意味を込めて」
「凪……」
小さな存在が、その名前を、確かめるように繰り返した。
「良い名だ。受け取ろう」
セレンが、感慨深そうに、二人の新しい仲間――淡と凪を見つめた。
「これは、本当に、歴史的な発見だ。歪みが、独立した存在として、安定する現象――しかも、複数の事例が確認できた」
ガレンへの報告も、急いで進める必要があるだろう。だが、今は、新しい仲間を迎える喜びを、まず感じたかった。
「凪さん、これから、よろしくお願いします」
「うむ……よろしく、頼む」
西の地方での新しい挑戦は、新たな仲間と共に、確かな成果を残していた。ロウ、ミラ、淡、そして凪――四人の旅が、これから、さらに広がっていく。
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