第38話 西の歪み
村の外れに向かうにつれ、確かに、空気が変わっていくのを感じた。乾いていたはずの大地に、徐々に湿った霧が立ち始めている。
「これは……第十二層と、似たような気配ですね」ミラが、緊張した様子で言った。
「我にも、はっきりと感じる」淡が、足を止め、霧の方向を見つめた。「ただ……少し、違う」
「違う、というのは」
「第十二層の歪みは、もっと『苦しみ』に近い感覚だった。ここの気配は……もっと、『混乱』しているような印象がある」
セレンが、装置の反応を確認しながら、メモを取った。
「混乱、という表現は、興味深いな。歪みの性質が、場所によって異なる可能性がある」
霧の濃い場所まで進むと、地面に、小さな亀裂が見えてきた。第十二層のものよりも、規模はかなり小さいようだった。
「これが、報告にあった亀裂ですか」
「おそらく、そうだろう」セレンが、慎重に近づいた。「規模は小さいが、油断はできない」
亀裂に近づくと、頭の中に、何かの感覚が流れ込んできた。これまでの災厄のような、明確な「声」ではなく、もっと混沌とした、断片的な印象だった。
『……どこ……ここは、どこ……』
「これは……」俺は、思わず声を漏らした。
「ロウさんも、聞こえましたか」ミラが、驚いた様子で尋ねた。
「はい。何か、迷っているような感覚です」
淡が、亀裂に向かって、ゆっくりと近づいた。
「我にも、聞こえる。これは……まだ、はっきりとした意志を持っていない、初期の状態かもしれない」
「初期の状態、というのは」
「我が、生まれたばかりの頃も、同じような感覚だった。何が起きているのか、自分が何者なのか、何も分からない状態」
セレンが、興味深そうに、淡の言葉を記録した。
「つまり、ここの歪みは、第十二層のものよりも、若い、ということか」
「おそらく、そうだろう」
俺は、亀裂に向かって、慎重に声をかけてみた。
「聞こえるか? 俺たちは、お前を傷つけるためじゃなく、助けるために来た」
『……助ける……?』
声が、わずかに、はっきりとしてきた。
『……痛い……苦しい……』
「分かる。お前が感じている苦しみは、傷から生まれたものだ。その傷を、治すことができる」
『……治す……』
亀裂が、わずかに振動した。これまでの災厄のような強い抵抗ではなく、もっと弱々しい、戸惑うような反応だった。
「ミラさん、淡さん、やってみましょう」
「はい」
「分かった」
俺たちは、これまでの経験を活かし、亀裂に向けて、空間と時間の力を集中させた。
「繋がれ……傷に」
「遅れろ……傷の流れを」
亀裂の表面に、淡い光が広がっていく。これまでよりも、規模が小さいせいか、反応も、より早く現れた。
『……これは……』
声が、少しずつ、落ち着いていくのが分かった。
「お前は、何も悪いことをしていない。ただ、生まれた場所が、傷だった、というだけだ」
『……傷……我は……傷から、生まれた……』
「そうだ。でも、その傷を治せば、お前も、穏やかになれるはずだ」
亀裂が、徐々に、小さくなっていく。第十二層での経験よりも、明らかに早い進行だった。
「これなら……」セレンが、興奮した様子で言った。「規模が小さい分、対応も、早く済むかもしれない」
淡が、静かに、亀裂を見つめていた。
「この子も、我と同じように、新しい姿を、得られるだろうか」
俺は、淡の方を見て、頷いた。
「もし、望むなら、お前と同じように、仲間になれるかもしれない」
亀裂の光が、さらに穏やかになっていく。西の地方での新しい挑戦が、確かに、前進し始めていた。
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