第33話 新たな仲間
光の存在――歪みの残滓が、薄くなっていくのを見つめながら、俺はふと、違和感を覚えた。
「待ってくれ。本当に、何も残さずに消えるのか」
『……何か、気になることがあるのか』
「お前は、長い間、確かにここに存在していた。歪みから生まれたとはいえ、意志を持ち、苦しみ、そして今、穏やかになった。それが、ただ消えてしまうだけなのか」
光が、わずかに揺れた。
『……我にも、分からぬ。歪みではなくなった以上、この姿を保つための「核」がない。このままでは、ゆっくりと、霧のように薄れていくだけだろう』
ミラが、心配そうに口を開いた。
「何か、方法はないんですか。消えてしまう以外に」
光が、しばらく沈黙した。
『……一つ、可能性がある。だが、そなたたちに、相応の負担をかけることになる』
「教えてくれ」
『そなたたちが傷を縫った時の力――空間と時間が、我の中に流れ込んでいる。それを「核」として固定すれば、我は、独立した存在として、形を保てるかもしれぬ』
「形を保つ、というのは……」
『そなたたちの傍に在り続けることができる、という意味だ。ただし、歪みであった頃の力は失われ、もっと小さく、もっと弱い存在になるだろう』
セレンが、緊張した様子で割り込んだ。
「待ってくれ。それは、安全なのか。何が起こるか、予測できているのか」
『完全な保証は、できぬ。だが、我自身、もう誰かを傷つけたくはない。そなたたちの傍で、穏やかに在りたいと、思っている』
俺は、ミラと顔を見合わせた。彼女も、迷いながらも、小さく頷いている。
「やってみよう。お前を、ここで終わらせたくない」
『……感謝する』
光が、再び形を変え始めた。これまでの不定形な輝きが、ゆっくりと、人の形を取っていく。
「これは……」
光が収まると、そこには、年齢のはっきりしない、淡い銀色の髪をした人物が立っていた。瞳は、薄紫色――かつての亀裂の光と、同じ色合いをしている。
『……これが、我の、新しい姿か』
声は、これまでと同じように、頭の中に直接響くものではなく、初めて、空気を伝って聞こえてきた。
「喋れるんですね……!」ミラが、驚いた様子で声を上げた。
「ああ……不思議な感覚だ。声を出すというのは、初めての経験だ」
セレンが、慎重に近づいてきた。
「君は……自分のことを、どう認識している。まだ、力は残っているのか」
「力は、ほとんど失われた。歪みであった頃の、あの圧倒的な力は、もうない。今は、ただの……」
少し考えて、続けた。
「ただの、一人の存在、というところだろうか」
ガレンが、感慨深そうに言った。
「名前は、あるのか」
「名前……アーシェルも、災厄としか、我を呼ばなかった。名は、持っていない」
俺は、少し考えて、口を開いた。
「お前が望むなら、新しい名前を、考えてもいいんじゃないか」
「……我に、名を」
その人物が、少し戸惑った様子で、俺たちを見た。
「もし、そなたたちが、名付けてくれるなら、それを受け入れたい」
ミラが、俺の方を見た。
「ロウさん、何か、考えてますか」
少し考えて、答えた。
「『淡』……どうだろう。歪みから生まれて、苦しんで、そして今、淡く穏やかな存在になった。そんな意味を込めて」
「淡、か……」
その人物――淡が、静かに、その名前を確かめるように呟いた。
「良い名だ。受け取ろう」
セレンが、興味深そうに記録を取りながら言った。
「これは、前例のない事例だ。歪みから生まれた存在が、独立した人格として、安定した姿を保っている。本部にも、慎重に報告する必要がある」
ガレンが、少し心配そうに尋ねた。
「淡殿、これからどうするつもりだ」
淡は、少し考えて、ロウとミラの方を見た。
「もし、許されるなら……そなたたちと、共に歩みたい。自分の存在の意味を、まだ見つけられていない。だが、そなたたちの傍にいれば、何か分かる気がする」
俺は、迷わず頷いた。
「もちろんだ。一緒に来てくれ」
ミラも、笑顔で頷いた。
「歓迎します、淡さん」
淡が、初めて、小さく――本当に、淡く笑った。
「……ありがとう」
セレンが、調査隊全員に向けて告げた。
「今回の件、ロウ殿、ミラ殿、そして淡殿の存在も含めて、ギルドに正式に報告する。これは、間違いなく、歴史的な出来事だ」
第十二層の奥、新しい仲間と共に、ロウとミラの物語は、ここからさらに続いていく。荷物持ちだった頃には、想像もできなかった仲間との出会いが、新たな冒険の始まりを告げていた。
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