第28話 縫う力の手がかり
夜遅くまで続いた文献調査は、思いがけない発見をもたらした。古い記録の中に、これまで見落としていた一節があったのだ。
「これを見てくれ」
セレンが、薄く擦れた羊皮紙を、テーブルの中央に広げた。
『傷を縫う者は、二つの力だけでなく、傷そのものに「触れる」必要がある。遠くから力を送るだけでは、傷は癒えぬ』
「触れる、というのは……直接、亀裂に入る、ということですか」
「おそらく、そうだろうな」セレンが、険しい表情で頷いた。「これまでの封印強化の試みは、亀裂から距離を取って行っていた。だが、傷を縫うには、もっと近づく必要がある」
ガレンが、心配そうに眉をひそめた。
「それは、危険すぎないか。災厄が、すぐそこにいる場所だ」
「分かっています」セレンが答えた。「だが、文献にはこうも書かれている」
彼女は、別の箇所を指し示した。
『縫う行為そのものが、災厄の力を弱める。傷が癒えるほど、災厄を生み出す源そのものが小さくなるからだ』
「つまり、傷を縫う作業自体が、災厄への対抗策にもなる、ということですか」
「そういうことだ。封印強化よりも、むしろこちらの方が、本質的な解決に近いのかもしれない」
ミラが、不安そうな表情で口を開いた。
「でも、直接亀裂に近づくのは、前回よりもずっと危険ですよね」
「危険は、否定できない」セレンが、正直に答えた。「だが、今のままでは、いつか封印が完全に崩れる。先延ばしにするだけでは、解決にならない」
俺は、これまでの経緯を思い返した。荷物持ちだった頃、危険を避けることしか考えていなかった自分が、今、自ら危険に踏み込む選択を考えている。
「ミラさん、どう思いますか」
ミラは、少し時間をかけて考え、ゆっくりと頷いた。
「怖いです。でも、ロウさんと一緒なら、やってみたいです」
セレンが、安心したように微笑んだ。
「すぐに実行するわけではない。まずは、もっと安全に近づく方法を検討しよう。それと、二人の力を、さらに高めるための修練も必要だ」
「修練、というのは、具体的にどういうことをするんですか」
「『触れる』際に、力を保ち続ける必要がある。今の君たちの力では、おそらく長く持続させることができない」セレンが説明した。「集中力と、持久力を高める訓練を行う」
調査隊リーダーが、新たな計画を提案した。
「亀裂に近づくための、安全装置も用意したい。緊急時に、即座に二人を引き戻せるような仕組みだ」
「それは、心強いです」
会議が終わり、俺とミラは拠点の外に出た。夜空に、星が広がっている。
「ロウさん」ミラが、静かに口を開いた。「これから、もっと大変なことになりそうですね」
「そうかもしれません。でも――」
俺は、夜空を見上げながら、続けた。
「荷物持ちだった頃の俺なら、きっと逃げていたと思います。でも今は、逃げたいとは思わないんです。これが、俺がやるべきことだと、なんとなく分かるから」
ミラが、小さく笑った。
「私も、同じ気持ちです。怖いけど、やらなきゃいけないことだと思います」
二人並んで、夜の拠点を見つめる。傷を縫うための道のりは、まだ始まったばかりだった。だが、確実に、解決への糸口が見え始めていた。
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