第25話 深層への道
新たに現れた通路は、これまでの遺跡とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。壁に刻まれた文字が、より複雑で、より古い時代のものに見える。空気そのものが、重く張り詰めていた。
「……なんだか、息が詰まりそうです」
ミラが、小さく呟いた。
「俺も、同じ感覚があります。ここは、本当に特別な場所なんでしょうね」
通路を進むにつれ、座標点の反応が、これまでとは違う動きを見せるようになった。普段なら静かに浮いているはずの光が、まるで何かに引かれるように、一方向へ流れている。
「この先に、何があるんでしょうか」
「分かりませんが……行くしかないですね」
しばらく進むと、開けた空間に出た。これまでの台座よりも、遥かに大きな祭壇のような構造物が、中央に鎮座している。その周囲には、無数の光る紋章が刻まれていた。
「これは……」
祭壇に近づくと、頭の中に直接、声が響いた。先程の結晶とは違う、もっと重厚で、もっと古い響きの声だった。
『……二つの欠片が、ここまで来たか』
「あなたは……結晶とは、違う存在ですか」
『私は、アーシェルが残した、最後の意志そのもの。結晶は、いわば入口にすぎぬ』
声の重みに、思わず息を呑んだ。
『そなたたちが、災厄に対抗する力を求めているのは知っている。だが、力を高めるには、相応の理解が必要だ』
「理解、というのは」
『アーシェルが、なぜ独りでは災厄を消し切れなかったのか――その理由を、本当に分かっているか』
俺とミラは、顔を見合わせた。これまで、力を合わせることが鍵だと考えていたが、それだけでは足りないということなのだろうか。
『アーシェルの過ちは、力だけに頼ったことだ。災厄は、時空の歪みそのものから生まれた存在。力で押し込めることは、一時的な解決にしかならぬ』
「じゃあ、どうすればいいんですか」
『災厄の根源を、理解する必要がある。なぜ、時空の歪みから、あのような存在が生まれたのか』
祭壇の紋章が、一際強く光り始めた。
『この場所には、災厄が生まれた経緯――アーシェルが見た、最後の記憶が刻まれている。受け取る覚悟はあるか』
俺はミラを見た。彼女も、緊張した表情で頷いている。
「覚悟、あります」
『……良い。では、見るがいい』
祭壇から、強い光が放たれ、俺たちを包み込んだ。視界が一瞬、真っ白に染まる。
次に見えたのは、数百年前の光景だった。巨大な時空の裂け目――今、第十二層にある亀裂よりも、遥かに大きなもの――が、空に浮かんでいる。
アーシェルらしき人物が、その裂け目に向かって、必死に力を使っている様子が見えた。だが、裂け目は完全には閉じない。むしろ、その一部が、まるで意志を持つように、独立した存在へと変化していく。
『……あれが』
声が、静かに告げる。
『時空の歪みが大きすぎたために、完全に閉じることができず、その残滓が、独自の意識を持った。それが、災厄の正体だ』
「残滓……つまり、災厄は、本来の歪みの『一部』ということですか」
『そうだ。そして、これが重要な点だ――歪みの『元』は、まだ完全には解消されていない』
「元、というのは」
『災厄を消し去るだけでは、根本的な解決にはならぬ。歪みそのものに、向き合う必要がある』
視界が、元の祭壇の景色に戻っていく。俺とミラは、しばらく言葉を失っていた。
「歪みそのものに、向き合う……」
ミラが、不安そうな声で呟いた。
「ロウさん、これは、思っていたより大きな話になっていませんか」
「……そうかもしれません」
祭壇の光が、徐々に収まっていく。
『そなたたちには、まだ時間がある。だが、いずれ、この真実と向き合う日が来るだろう』
声が静かに消えていき、祭壇は元の静けさに戻った。
俺とミラは、しばらくその場に立ち尽くしていた。災厄を消すだけでは終わらない、もっと深い問題が、その先に待っていることを、今、初めて知った。
「セレンさんたちに、報告しないと」
「はい……でも、どう説明すればいいんでしょうか」
二人とも、答えの出ない問いを抱えながら、祭壇の空間を後にした。第十二層の奥に眠る真実は、想像していたよりも、遥かに大きなものだった。
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