1537年。9月2週目。今あるもので料理を進化させる。衣上げの野菜や魚とうどんそば、サツマイモの新しい食べ方
九月二週目。
石山本願寺。
本願寺への寄進と。
約束していた大工たちの修行。
その両方を兼ねて。
八郎は船で石山へ入っていた。
「しかし」
普請場を眺めながら。
八郎が言う。
「人、多いですねえ」
大工。
木挽き。
荷運び。
僧。
商人。
朝から多くの人間が動いている。
「これだけ働いてたら、昼飯も早い方がええでしょう」
「また飯でございますか」
本願寺の僧が笑った。
「そこ大事でしょう」
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昼。
大きな釜から。
熱い汁が湯気を上げていた。
「今日は麺です」
「麺?」
まずは。
うどん。
だしを利かせた熱い汁へ入れる。
そして。
もう一つ。
「こっちは蕎麦です」
「蕎麦というと、蕎麦がきではなく?」
「粉にして、小麦を少し混ぜてつないでみたんです」
細く切った麺を。
湯がいて。
同じように汁へ入れる。
「切れんようにするの、結構苦労したみたいですよ」
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だが。
それだけでは。
少し寂しい。
「これも乗せてください」
別の場所では。
油が音を立てていた。
蓮根。
椎茸。
茄子。
魚。
薄く衣を付け。
揚げていく。
「衣揚げでございますな」
「はい」
具には。
あらかじめ。
軽く塩を振ってある。
「中もちゃんと味しますよ」
揚げたてを。
うどんや蕎麦の上へ。
二つ。
三つ。
乗せる。
「そのまま食べてもええですし」
八郎が。
蓮根の衣揚げを汁へ少し沈める。
「だし吸わせても旨いですよ」
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普請場の大工が。
一口。
「……旨いな」
今度は。
椎茸。
「衣がさくさくしとる」
「揚げたてですから」
「しかし」
別の男が。
汁へ半分浸した魚を食べる。
「だし吸わせても旨いぞ」
「ほんまや」
「全部沈めるなよ。さくさく無くなるぞ」
「わしは柔らかい方が好きや」
「好きにしてください」
八郎が笑った。
「お好みで食べてもろたらええんです」
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何より。
一つの椀で済む。
麺。
汁。
野菜。
魚。
食べ終われば。
すぐ仕事へ戻れる。
「これは普請場にはええですな」
「でしょう?」
「早いし、腹にも溜まる」
「片付けも楽です」
「八郎様」
本願寺の僧が。
少し呆れた顔をする。
「本当に領主様のお仕事でございますか?」
「うち」
八郎は平然と答えた。
「八郎商会ですよ」
「それは存じておりますが」
「握り飯から始まってるんですから」
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夕方。
今度は。
小さな皿が配られた。
「何でございます、これは」
「さつまいもです」
だが。
いつもの蒸した芋ではない。
薄く切り。
油で揚げ。
塩を振ってある。
一枚。
ぱり。
「……軽いな」
もう一枚。
ぱり。
「これ」
「はい?」
「妙に止まりませぬな」
「でしょう?」
甘い芋。
油。
塩。
単純なのに。
次へ手が伸びる。
「里芋でもできます?」
「できると思いますけど」
八郎は首を傾げる。
「ちょっと粘りとか、食感変わりそうですね」
「さつまいもの方が甘いですな」
「そこがええんでしょうね」
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「こっちは箸で食べてください」
次に出てきたのは。
細長く切ったさつまいも。
同じく油で揚げ。
そこへ。
蜂蜜を薄く絡めてある。
「手で持ったらべたべたしますから」
大工が。
箸で一本。
つまむ。
かりっ。
「……甘い」
「芋も甘いですしね」
「そこへ蜂蜜ですか」
「甘いものに甘いものです」
「変なことしますなあ」
もう一本。
「……でも旨い」
周囲から。
笑い声が上がった。
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「八郎様のところは」
本願寺の僧が。
蜂蜜芋を食べながら言った。
「不思議な飯が次々出てまいりますな」
「食品開発の部隊作ってますから」
「そのような部隊まで?」
「はい」
仕事は。
ほぼ一つ。
「今あるもんで、なんか旨いもん作れんか考える」
「それだけ?」
「それだけです」
焼く。
煮る。
蒸す。
揚げる。
潰す。
切り方を変える。
味を混ぜる。
「うまくいったら」
八郎は。
周囲の大工たちを見る。
「こうやって皆さんに食べてもらうんです」
「試食でございますか」
「毒見も兼ねてます」
「ひどい話ですな」
「でも旨いでしょう?」
「旨いから困ります」
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「そもそも」
八郎は言う。
「うちは昔から、捨て値みたいな魚をすり身にしたり」
握り飯を作ったり。
安い食材を。
食える形に変えてきた。
「京都の偉い人が食べるような」
格式高い料理。
美しい盛り付け。
「そういうんは僕、よう分からんのですよ」
「では何を?」
「掛け合わせです」
芋に油。
芋に蜂蜜。
麺にだし。
そこへ衣揚げ。
「考えるだけなら、ただでしょう」
三郎が横から笑う。
「またそれ言うとる」
「いっぱい考えて、一個当たったらええんですよ」
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「それに」
八郎は。
普請場の横に並ぶ飯屋を見る。
「他の店と同じもんばっかり売ったら、商売邪魔するでしょう」
だから。
八郎商会は。
なるべく。
今までなかった飯を作る。
「競わんでええんです」
「なるほど」
「新しい食べ方なら」
広げ方は。
いくらでもある。
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僧の一人が。
しばらく八郎を見ていた。
「もしかすると」
「はい?」
「八郎様の時代というものは」
城を取った数だけでは。
決まらないのかもしれませぬな。
「どういう意味です?」
「食でございます」
人は。
毎日食べる。
一度好きになった味は。
家へ持ち帰る。
家族へ教える。
町へ広がる。
「食というものは」
僧が笑った。
「一度下まで染み込むと、なかなか抜けませぬ」
「……なるほど」
「この飯が各地へ根を張る頃には」
八郎家は。
土地より先に。
「日の本の食卓を押さえておるかもしれませぬな」
八郎は。
薄い芋を一枚。
ぱり、と食べた。
「それ」
少し嬉しそうに笑う。
「悪くないですね」
天下を取るより先に。
丸八の飯が。
日本中へ広がる。
そんな未来も。
七歳の八郎には。
少し面白そうに思えた。




