1537年。九月二週目 完成品なんてないですよ
9月2週目。ある日の夕刻。
石山本願寺。
境内の外では。
八郎商会による炊き出しが始まっていた。
「今日は麺やないんですか?」
「蕎麦とうどんは、もう食べてもろたでしょう」
八郎が笑う。
「今日は酒と揚げ物です」
並んだのは。
芋焼酎。
鶏の衣揚げ。
蓮根。
茄子。
椎茸。
野菜の衣揚げ。
「これは普通ですな」
「まあ待ってください」
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その横に。
二種類のたれが置かれた。
一つは。
だしと酢。
垂れ味噌を合わせたもの。
もう一つは。
妙に白っぽく。
どろりとしている。
「……何でございます?」
「卵と酢と胡麻油です」
「それを混ぜた?」
「はい。塩も少し」
僧たちが。
怪訝そうな顔をした。
「まあまあ」
八郎が笑う。
「毒やないですから」
「前は毒見言うておられましたぞ」
「今日は大丈夫です」
「今日は、というのが怖いですな」
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鶏の衣揚げに。
白いものを少し付ける。
一口。
「……お?」
「どうです?」
「濃厚ですな」
別の僧も食べる。
「酸っぱいのに、丸い」
「まろやかいう感じですかね」
「その言葉が近いですな」
酢の酸味。
卵黄の濃さ。
胡麻油の香り。
「食うたことのない味です」
「でも」
もう一口。
「いけますな」
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「野菜にもいけますよ」
八郎が。
細く切った胡瓜を出した。
「胡瓜に味噌付けて食べるでしょう?」
「食べますな」
「その代わりに、これ」
白いたれを。
ちょん。
「……うまい」
「でしょう?」
大根。
胡瓜。
茄子。
次々。
試される。
「大根も合いますな」
「これ、酒にも合いますぞ」
「そら良かったです」
八郎は満足そうだった。
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「八郎様のところは」
一人の僧が笑った。
「飯に飽きる暇がございませぬな」
「それ狙ってますから」
「里芋の煮転がしも旨いですぞ」
「それはそれで残してください」
八郎は。
白いたれを見る。
「昔からあるものを全部無くしたいわけやないんです」
「では?」
「ちょっと横に増やしたいんですよ」
味噌。
酢。
卵。
油。
全部。
元からある。
「組み合わせ変えただけでしょう」
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「そう考えますと」
僧の一人が。
少し真面目な顔になった。
「我らも何か、新しいものを考えねばなりませぬな」
「それですよ」
八郎が頷く。
「お寺の技術は残してください」
建築。
木組み。
彫刻。
書。
記録。
「でも細かいところで、これ変えたら便利ちゃうかって考えてほしいんです」
「例えば?」
「そうですねえ」
八郎は少し考える。
「かんざしの先っぽ、耳掻きにするとか」
「……何でございます、それは」
「いや」
三郎が横で笑った。
「また変なん始まったぞ」
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「かんざしに見えるけど」
八郎は続ける。
「抜いたら耳掻きになるんです」
「実用品を隠すわけですな」
「そうそう」
僧の一人が。
何やら想像した。
「十人が十人付けておりましたら奇妙ですが」
「はい」
「一人だけそれを持っていて」
「はい」
「遊郭の綺麗な女が、すっと抜いて」
「……はい」
「膝枕で耳掃除などしてくれれば」
「いや僕、そこまでは分からないですよ」
周囲が笑う。
「しかし売れそうですな」
「発想膨らんでますやん」
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八郎は。
衣揚げを一つ食べた。
「要するに」
「はい」
「今あるもの見て」
これは本当に。
完成品なのか。
「もう変えるところないんかなって考えるんです」
「なるほど」
「僕、何でも知ってるわけちゃいますよ」
むしろ。
知らない。
「知らんから」
八郎は笑った。
「これとこれ、くっ付けたら面白いんちゃうって言えるんですよ」
「守るものは守り」
「はい」
「そこから少し崩し」
「はい」
「自分らしい形へ変えていく」
「そんな感じです」
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「しかし」
一人の僧が。
七歳の八郎を見る。
「七歳でこれなら末恐ろしいですな」
「分かりませんよ」
「何が?」
「今が絶頂期かもしれませんし」
「七歳の絶頂期て何ですの」
一斉に。
笑いが起きた。
「それにしても」
僧が鶏の衣揚げを。
白いたれにつける。
「これ旨い」
「元気出るでしょう」
「出ますな」
「ほな明日も頑張ってください」
◇
そして。
飯の話が。
一段落したところで。
八郎は。
急に地図を広げた。
「ところで兵ですけど」
「急に軍の話になるんですな」
「色々ありますから」
本願寺周辺を守るために集めた兵。
その一部を。
少しずつ。
和泉方面へ動かす。
「北摂の方は」
細川・三好側の守りも。
まだ固い。
国人とのしがらみもある。
「無理に正面から行かんでええでしょう」
一方。
堺とは。
商人を通じて。
かなり関係ができている。
「三好の捕虜も、よう返してますし」
「では南から?」
「商人さんらと話しながら、じわじわですね」
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僧が。
呆れたように笑った。
「つい先ほどまで」
「はい?」
「卵と酢と油の話をしておられましたぞ」
「してましたね」
「今は軍勢の話」
「八郎商会と八郎軍、両方ありますから」
「頭が疲れませぬか?」
八郎は。
少し考えた。
「逆かもしれません」
「逆?」
「あっち考えて」
飯。
「こっち考えて」
兵。
「また別のこと考えて」
商売。
「その頭が飛ぶ間に、なんか思いつくんですよ」
三郎が笑う。
「落ち着きないだけちゃうか」
「それは言わんといてください」
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「忙しい七歳児ですな」
「ほんまですよ」
八郎は。
芋焼酎を飲む大人たちを横目に。
自分は水を飲んだ。
その横には。
鶏の衣揚げ。
胡瓜。
大根。
そして。
まだ名前すらない。
卵と酢と胡麻油の。
白いたれ。
戦。
商売。
寺。
町。
飯。
全部。
八郎の頭の中では。
同じように。
「これとこれ、くっ付けたら面白いんちゃう?」
その一言から。
始まっていくのだった。




