1537年。九月三週目 借金は一週間で消えていく
九月三週目。
石山本願寺。
八郎は。
本願寺の一室を借りて。
恒例の帳面合わせをしていた。
「では、今週分をお願いします」
「まず交易でございます」
帳面役が。
大きな紙を広げる。
「今週の交易による収益、五億三千万文」
「相変わらず大きいですね」
「相変わらず、で済ませる数字ではございませんぞ」
本願寺の僧が。
横から苦笑した。
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一方。
出ていく銭も大きい。
摂津へ展開している兵。
姫路。
鹿児島。
熊本。
博多。
山口。
湯築。
出雲。
高松。
そして。
新たに石山本願寺と小浜。
「こちらへの開発費用として」
帳面役が続ける。
「一億五千万文を計上しております」
「使いますねえ」
「八郎様がお決めになったのでございます」
「そうでした」
三郎が。
呆れた顔をする。
「他人事みたいに言うな」
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港。
倉。
道。
宿。
市。
職人。
飯屋。
それらを整える。
「まあ」
八郎は言った。
「一億五千万文消えるんやなくて」
「はい」
「町に変わるんでしょう?」
「左様でございます」
「ほなええです」
使った銭が。
町になり。
人を呼び。
また銭を生む。
「開発費用いうても」
八郎は笑う。
「先の稼ぎを買ってるようなもんでしょう」
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さらに。
各地の市。
石見銀山。
旅。
遊興。
八郎商会の様々な商い。
全部。
足し引きした結果。
「今週の利益は」
帳面役が。
数字を確認する。
「五億八百九十万文でございます」
「五億超えましたね」
「また軽い」
本願寺の僧まで。
八郎の金銭感覚に慣れ始めていた。
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「で」
八郎が言う。
「借金返しましょう」
「どこまででございます?」
「若狭一国」
「はい」
「それと摂津。石山本願寺の辺りまで」
帳面役が。
すでにまとめてあった紙を見る。
「およそ四億文」
「全部払いましょう」
「……全部?」
「はい」
その場にいた本願寺の僧が。
思わず八郎を見る。
「一度にでございますか?」
「一度にです」
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四億文。
若狭。
小浜。
摂津の新たな勢力圏。
その土地に残っている借財。
商人への未払い。
農民の借金。
武家の負債。
可能な限り整理する。
「これで」
帳面役が計算する。
「差し引き、一億八百九十万文が残ります」
「積み上げてください」
「承知いたしました」
本願寺の僧が。
しばらく黙っていた。
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「……国二つ分ほどの借金が」
「はい?」
「一週間で消えておりませぬか?」
「そうなりますね」
「えらいことでございますぞ」
「でも」
八郎は。
平然としている。
「うち、それだけ稼ぎありますから」
「そういう問題なのでしょうか」
「そういう問題でしょう」
三郎が笑った。
「最近は飯まで新しく作る余裕あるしな」
「そうそう」
八郎も笑う。
「ほんで、その飯が当たったら」
「また銭になる」
「そういうことです」
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福々焼き。
お好み焼き。
蛸飯。
鯛のだし湯漬け。
衣揚げ。
蕎麦。
芋菓子。
卵と酢と胡麻油を混ぜた。
まだ名前も決まっていない白いたれ。
「金が金を呼んでおりますな」
「無駄遣いせんかったら」
八郎は言った。
「一生貯め続けることもできますよ」
「では貯められるので?」
「いや」
即答だった。
「七歳で縮こまってどうするんです」
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「もっと広げますよ」
「領地を?」
「それもありますけど」
八郎は。
少し考える。
「飢える人がおらんようにしたいですね」
「ほう」
「ほんで」
毎日の飯を。
ただ腹へ入れるだけではなく。
「今日は何食べよかなって」
少し。
楽しみにできるようにする。
「食を楽しくしたいです」
本願寺の僧が笑う。
「日の本を統一するより」
「はい?」
「そちらの方が難しいかもしれませぬぞ」
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「食は限りないですからね」
八郎は。
むしろ楽しそうだった。
「昨日旨かったもんでも」
「はい」
「毎日食べたら飽きるでしょう」
「確かに」
「だからまた考える」
焼く。
揚げる。
煮る。
蒸す。
混ぜる。
「終わらんですね」
「随分と食への探求心がおありで」
「食べるん好きなんでしょうね」
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「しかし」
僧が。
窓の外を見た。
石山の町。
八郎家の兵。
商人。
大工。
飯を食う人々。
「妙なものでございます」
「何がです?」
「これほど戦の絶えぬ世でありながら」
八郎家の領地では。
比較的。
町が穏やかだという。
「そうでしょう?」
八郎が。
少し胸を張る。
「人間」
衣。
食。
住。
「そこが満ちてきたら」
あまり。
無茶をしなくなる。
「毒気抜かれる感じになるんですよ」
「兵まで弱くなりませぬかな」
「そこは困りますけどね」
一同が笑った。
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「でも」
八郎は続ける。
「寒々しい国より」
飯がある。
仕事がある。
家がある。
楽しいものがある。
「そっちの方が」
人も。
心を寄せてくれると思うんです」
「それが」
本願寺の僧が言う。
「今、細川や三好を押しておる理由では?」
「かもしれませんね」
三好の捕虜だった者たちも。
次々。
八郎領へ移ってきている。
「飯食えますからね」
「また飯でございますか」
「大事ですよ」
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「次は和泉でしたか」
「そうですね」
堺。
和泉。
細川。
三好。
まだまだ。
警戒は必要だった。
「でも」
八郎は地図を見る。
「和泉は、ちょっとうまくいきそうな気はしてます」
「また自信がおありで」
「いやいや」
八郎は首を振った。
「気を抜いたらあかんですよ」
五億八百九十万文を稼ぎ。
四億文の借金を返し。
それでも。
一億八百九十万文が残る。
普通なら。
それだけで。
十分すぎる一週間だった。
だが。
八郎の頭の中では。
次の町。
次の飯。
次の商い。
そして。
次の土地まで。
もう動き始めていた。




