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1002/1033

1537年。9月3週目。飯と借金で削られていく三好細川衆

九月三週目。

 摂津。

 細川・三好方にとって。

 状況は。

 少しずつ。

 嫌な方向へ動いていた。

「また一つ、村が八郎方へ?」

「正式にというほどではございませぬ」

「では何だ」

「村の者たちの心が、ということでございます」

「……それが一番厄介ではないか」

・・・・・・・・・・・・・

 北摂では。

 まだ。

 細川・三好側の力が強い。

 城。

 国人。

 兵。

 簡単には崩れない。

 だが。

 その下で暮らす者たちは。

 少し違っていた。

「年貢がきつい」

「借金が返せぬ」

「今年も飯が足りぬ」

 そんな者たちの耳へ。

 八郎領の話が。

 次々と入ってくる。

「向こうへ入れば借金を整理してくれるらしい」

「仕事もあるぞ」

「姫路では飯も随分ええそうや」

「石山でも丸八の店が増えてるらしいぞ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 単なる噂ではなかった。

 実際。

 本願寺周辺へ行った者たちが。

 帰ってくる。

「衣揚げいうの食うた」

「蕎麦を細う切ったのもあったぞ」

「兵まで腹いっぱい飯食うとった」

 それを。

 村で話す。

 また。

 次の者が。

 石山へ行く。

 そして。

 八郎領へ。

 少しずつ。

 人の心が流れていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「城を取られたわけでもない」

 三好方の者が。

 苦々しく言った。

「なのに」

「こちらの下が、少しずつ抜けております」

 農民。

 人足。

 職人。

 小さな商人。

「八郎家へ行けば何とかなる」

 そう思う者が。

 増え始めている。

「……腹立たしい」

「しかし止めれば」

「余計に逃げる、か」

「左様で」

・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 南側。

 和泉へ向かう流れは。

 さらに速かった。

 三好方から。

 捕虜として八郎家へ渡り。

 その後。

 身代金もなく。

 返された兵が多い。

「また戻りたい?」

「はい」

「お前は三好の兵やろ」

「そうなんですけど」

 八郎領で。

 食わせてもらった。

 怪我を見てもらった。

 帰る時には。

 最低限の衣まで与えられた。

「向こうの方が」

「……」

「暮らしやすかったです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さらに。

 武具の借金。

 戦でできた借金。

 商人への未払い。

「これも面倒見てもらえるんですか?」

 八郎方は。

 答える。

「帳面見せてください」

 無条件ではない。

 だが。

 整理できるものなら。

 整理する。

「働いて返せる形にもできますよ」

「家族も?」

「仕事するなら来てもらってええですよ」

 すると。

 一人が動く。 

 二人が続く。

 家族まで。

 和泉から西へ。

 流れ始める。

・・・・・・・・・・・・・・・

「雪崩やな」

 八郎方では。

 そんな声まで出ていた。

「押してるんは兵だけちゃいますな」

「借金返して」

「はい」

「飯炊いて」

「はい」

「仕事作ったら」

「はい」

「勝手にこっち来てくれる」

 八郎が笑う。

「言い方悪いですよ」

「八郎様のやり方でしょう」

「まあ」

 否定はしなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 現在。

 摂津に展開する八郎方の兵は。

 およそ四万。

 北側。

 細川方への備えに。

 約一万。

「北は無理せんでええです」

 八郎は言った。

「守り固いでしょう」

「左様でございます」

「ほな睨んどくだけで」

 残り。

 三万ほど。

 これを。

 南側へ厚く置く。

 石山。

 堺方面。

 そして。

 和泉。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大きな決戦はしない。

 小競り合い。

 道の確保。

 村との交渉。

 商人との話。

 借金の整理。

 飯の炊き出し。

「一束取るぞって」

 八郎は言う。

「無理に突っ込まんでもええでしょう」

「時間をかけますか?」

「何ぼでもありますよ」

 今。

 八郎家が困っているわけではない。

 週に。

 億単位の銭が入る。

 兵糧もある。

 商売も伸びている。

「急いで死ぬ必要ないでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その余裕が。

 細川・三好側には。

 また。

 腹立たしかった。

「石山本願寺が」

 一人が地図を見ながら。

 呟いた。

「丸ごと八郎家の前線拠点になったようではないか」

 寺。

 港。

 市。

 兵。

 商人。

 八郎商会。

 飯屋。

 西から運び込まれる大量の物資。

「城を一つ造られたより」

「厄介かもしれませぬ」

 攻めれば。

 本願寺を敵に回す。

 放っておけば。

 八郎家の商圏が広がる。

「どちらに転んでも」

「八郎が得をする」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「焦った方が負けです」

 一方。

 八郎は。

 いつもの調子だった。

「南は三万おります」

「はい」

「北にも一万おります」

「はい」

「石山もあります」

「はい」

「堺の商人とも話せてます」

「左様で」

「ほな」

 八郎は。

 地図の和泉を。

 指で軽く叩いた。

「丁寧にいきましょう」

「攻め急がず?」

「はい」

 借金を返す。

 飯を出す。

 仕事を作る。

 そして。

 必要なところだけ。

 兵を出す。

「向こうから来てくれるなら」

 八郎は笑った。

「その方が楽でしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 九月三週目。

 細川・三好の城は。

 まだ立っていた。

 兵も。

 まだいる。

 だが。

 その足元で。

 少しずつ。

 人が離れていく。

 城を落とす前に。

 人を取る。

 土地を取る前に。

 暮らしを取る。

 借金を返し。

 飯を炊く。

 八郎家の戦は。

 相変わらず。

 戦らしくない。

 だからこそ。

 細川と三好には。

 ひどく。

 やりにくい戦になっていた。

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