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996/1033

1537年。9月1週目。本願寺を訪れた三好・細川

九月一週目。

 石山本願寺。

 本願寺が。

 八郎家の傘へ入る方向で話を進めている。

 その知らせは。

 ほどなく。

 細川と三好の耳にも入った。

「……何?」

「本願寺が、八郎家へ?」

「左様でございます」

 細川方の空気が。

 一気に険しくなった。

「七歳の小僧に付くというのか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ほどなく。

 細川・三好方から。

 使者が石山へやってきた。

 今回は。

 ただの書状ではない。

 直接。

 話を聞くためだった。

「これは、どういうことでござる」

 本願寺側の僧たちを前に。

 使者が強い口調で言う。

「八郎家へ入るとの話、まことか」

「概ね、その方向でございます」

「なぜだ」

 これまで。

 細川側からも。

 話は送っていた。

 必要なら兵を貸す。

 八郎家の東進を止めるため。

 本願寺にも力を貸してほしい。

「それを承知の上で」

 使者が眉をひそめる。

「あの七歳の小僧へ付くと?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 本願寺側の僧が。

 静かに答えた。

「七歳であるかどうかは、我らには大きな問題ではございませぬ」

「何?」

「今、勢いがあるのは八郎家でございましょう」

 九州。

 四国。

 中国地方。

 播磨。

 そして。

 摂津西部。

 若狭へまで。

 八郎家の影響は広がろうとしている。

「しかも」

 僧は続ける。

「十万貫の寄進も受け入れていただきました」

 使者の顔が変わった。

「十万貫?」

「左様でございます」

「本当に払うと?」

「即答でございました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それだけではございませぬ」

 八郎側から。

 もう一つ。

 頼みがあった。

「何を要求された」

「大工を学ばせてほしい、と」

「……大工?」

 本願寺の寺院建築。

 大きな堂。

 門。

 屋根。

 木組み。

 そこへ。

 八郎領で育てている職人を入れ。

 一緒に働かせてほしいという。

「十万貫を出して」

 一人の僧が。

 少し笑った。

「なお、こちらから技を学ばせてほしいと頭を下げてこられた」

「……」

「我らも」

 正直。

 十万貫をそのまま飲むとは思っていなかった。

 もっと値切る。

 条件を変える。

 そうなると思っていた。

「ところが」

「即答」

「左様です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「器が違う、と?」

 使者が。

 少し皮肉めいて言った。

 本願寺側は。

 すぐには答えなかった。

「少なくとも」

 年長の僧が言う。

「我らは、そう感じました」

 銭を出す。

 寺領も守る。

 信仰も認める。

 その代わり。

 技術を学ばせてほしい。

「こちらが思っていた交渉とは」

「随分違いましたな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 使者の顔が。

 さらに険しくなる。

「では」

「はい」

「本願寺は細川、三好と対峙するつもりか」

 その場の空気が。

 少し冷えた。

「それは」

 本願寺側の僧が。

 ゆっくり言う。

「脅しでございますかな?」

「脅しではない」

「では、ただのお尋ねとして承りましょう」

 僧は続けた。

「我らから戦を仕掛けるつもりはございませぬ」

「しかし」

「はい」

「こちらの領分を犯すようなことがあれば?」

「その時は」

 僧は。

 淡々と言った。

「八郎家へ相談いたしましょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「八郎家に?」

「我らが傘へ入るのであれば」

 当然。

「守っていただく話になるでしょう」

「兵まで出させる気か」

「必要であれば」

 使者は。

 黙った。

 本願寺側も。

 引かなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そもそも」

 一人の僧が言う。

「三好殿は、八郎家とまだ戦の最中でございましょう」

「……」

「和平を結ばれたわけでも」

「停戦を結ばれたわけでもない」

 にもかかわらず。

 八郎家は。

 捕虜を返している。

 身代金すら。

 まともに求めず。

「兵を返していただいているのでしょう?」

「それは……」

「我らも存じております」

 だからこそ。

 本願寺は。

 分かった上で。

 八郎家へ寄った。

「その点も含め」

「ご理解いただきたい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 しばし。

 沈黙。

 使者は。

 これ以上話しても。

 ここで本願寺の決意を変えるのは難しいと悟った。

「……承知した」

 声は。

 決して穏やかではなかった。

「この話」

「細川様にも」

「三好様にも」

「そのまま伝える」

「お願いいたします」

 そして。

 使者は。

 渋々。

 石山を後にした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その背を見送り。

 本願寺側の僧たちは。

 しばらく黙っていた。

「どう思われる」

「難しいですな」

「細川も三好も」

「こちらを前線に置きたがっておる」

 八郎家が来れば。

 本願寺に止めさせる。

 必要なら兵を貸す。

「それでは」

 一人が苦笑する。

「結局、我らが一番前で血を流すことになる」

「それは困る」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「しかし」

 別の僧が。

 小さく笑った。

「今のやり取りを見る限り」

「何です?」

「役者が違うようにも見えますな」

 細川。

 三好。

 書状を送る。

 兵を出すと言う。

 止めろと言う。

 一方。

 八郎家は。

 十万貫を即答。

 寺領を守る。

 信仰も認める。

 その上で。

 技を学ばせてほしいと。

 頭を下げる。

「余裕がありますな」

「そら、あるでしょう」

 僧の一人が。

 少し笑った。

「九州、四国、中国をまとめておるのですぞ」

「播磨まで持っております」

「若狭も動いております」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「京の権威だけで」

 誰かが呟く。

「止まる相手ではないのでしょうな」

 それは。

 皆。

 薄々感じていた。

 もちろん。

 本願寺とて。

 八郎家を。

 全面的に信用したわけではない。

 傘へ入る。

 守ってもらう。

 その代わり。

 こちらも。

 何かを差し出すことになる。

「こちらの領分を」

「本当に守るのか」

「それは見続けねばなりませぬ」

 信仰。

 寺領。

 門徒。

 商い。

 そこへ。

 八郎家が。

 どこまで口を出してくるのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「しかし」

 年長の僧が。

 静かに言った。

「少なくとも」

「今のところ」

 細川の盾になるよりは。

 八郎家の傘へ入る方が。

「血は少なく済みそうですな」

 誰も。

 否定しなかった。

 九月一週目。

 本願寺は。

 八郎家の傘へ。

 また一歩。

 深く入り始めた。

 そして。

 その選択に。

 細川と三好は。

 確かな苛立ちを。

 募らせ始めていた。

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