1537年。9月1週目。若狭武田と10万貫
九月一週目。
若狭。
西から迫ってくる八郎家の勢いは。
もう。
無視できるものではなくなっていた。
丹後。
播磨。
摂津西部。
次々と。
八郎家の傘へ入っていく。
しかも。
城を焼き払い。
国人を皆殺しにしているわけではない。
旧領主を残し。
領地を安堵し。
借金を整理し。
商いを増やす。
「……いっそ」
若狭武田家の中でも。
そんな声が出始めていた。
「八郎家の傘へ入ってもよいのではないか」
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もともと。
家中の空気も。
良いとは言えなかった。
武田家と。
有力家臣の粟屋一派。
少しずつ。
考え方が離れている。
「八郎家へ入れば」
「領地は安堵されるという」
「家も残る」
「小浜の港も栄えるやもしれぬ」
何より。
もし。
この先。
粟屋側との対立が。
本格的な反乱へ発展したなら。
「八郎家に助けを求められる」
それは。
大きかった。
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もちろん。
苦い。
独立した守護家として。
七歳の八郎の傘へ入る。
「毒饅頭を飲むようなものだ」
そう言う者もいた。
だが。
飲めば。
守られるものもある。
領地。
家臣。
家。
小浜。
「家が潰れるよりは」
「残る方がよい」
結局。
若狭武田家は。
八郎家の傘へ入る方向で。
話を進めることになった。
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当然。
粟屋側は。
面白くない。
「何故そのような話になる!」
むしろ。
武田家が八郎へ寄れば寄るほど。
粟屋は。
逆へ行こうとする。
「八郎に頭を下げてまで、家を守るのか」
「守護家としての誇りはどうした」
対立は。
収まるどころか。
かえって。
深くなっていった。
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一方。
石山本願寺。
こちらでも。
八郎家との関係について。
話し合いが続いていた。
「向こうは、こちらと争うつもりはないという」
「ならば」
若い僧の一人が。
少し笑う。
「こちらから条件を出せばよいのでは?」
「条件?」
「寺領を侵さぬこと」
「信仰を妨げぬこと」
「商いも認めてもらう」
そして。
「十万貫ほど、寄進していただく」
一瞬。
場が静かになった。
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「十万貫?」
「吹っかけすぎではないか」
「仏門の者が、あまり銭銭と申すものではないぞ」
年長の僧が。
顔をしかめる。
だが。
若い僧は。
あまり気にしていない。
「言うだけなら、ただでございます」
「それはそうだが」
「向こうが断れば、下げればよい」
「商人ではないのだぞ」
「寺とて修繕には銭が要ります」
屋根。
柱。
門。
堂。
僧坊。
人を抱えるにも。
寺を守るにも。
銭はいる。
「まずは出してみましょう」
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そして。
その条件が。
姫路へ届いた。
「十万貫?」
八郎は。
少しだけ目を丸くした。
「はい」
「寺領と信仰を守る代わりに?」
「左様でございます」
使者は。
八郎が。
渋ると思っていた。
ところが。
「ええですよ」
「……はい?」
「十万貫でしょう?」
「はい」
「払います」
使者が。
固まった。
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「ただ」
八郎は。
指を一本立てた。
「こっちもお願いがあります」
「何でございましょう」
「大工です」
「大工?」
「うちで育ててる若い職人とか、大工とか」
本願寺の寺院建築。
その現場へ。
一緒に入れてほしい。
「勉強させてください」
「……技を?」
「はい」
寺。
堂。
門。
屋根。
大きな木組み。
「お寺の建築って、技術の塊でしょう」
八郎は。
当然のように言う。
「十万貫払う代わりに、うちの者にも学ばせてもらえたら」
「それでよろしいので?」
「十分ですよ」
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さらに。
八郎は続けた。
「僕は別に」
「はい」
「どこの宗派だけ味方する、いうつもりないです」
法華宗。
本願寺。
地方の寺。
大寺院。
「宗派は違っても、お寺に残ってる技術は守った方がええでしょう」
建築。
書。
学問。
薬。
記録。
「そういうの、なくなったら戻すの大変ですからね」
そして。
「寺を維持するのに銭かかるんも知ってます」
修繕。
人。
食料。
材木。
「せやから十万貫言われても、まあ要るんやろなと思います」
使者は。
しばらく。
八郎の顔を見ていた。
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「その旨」
「はい?」
「必ずお伝えいたします」
「お願いします」
「寺を守るための銭であることまで、ご理解いただけるとは」
「いやいや」
八郎は笑う。
「高いとは思ってますよ」
使者も。
思わず笑った。
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そして。
使者が帰った後。
三郎が。
八郎を見る。
「ほんまに払うんか?」
「払いますよ」
「十万貫やぞ」
「兄さん」
八郎は。
帳面を指差した。
「今のうちなら」
「うん」
「一週間で稼げるでしょう」
三郎が黙った。
「……そうやったな」
「それで本願寺と揉めんで済んで」
さらに。
建築技術まで。
学べる。
「安いとは言わんけど、悪くないですよ」
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本願寺へ戻った使者から。
その話を聞いた僧たちは。
今度は。
別の意味で黙った。
「十万貫を」
「即答で?」
「はい」
「さらに大工を学ばせたいと?」
「左様で」
年長の僧が。
小さく息を吐く。
「七歳とは思えぬな」
「寺そのものより」
「寺に残る技を見ております」
「ただ者ではない、ということか」
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こうして。
九月一週目。
若狭武田家は。
家を守るために。
八郎家の傘へ入る方向へ。
そして。
石山本願寺も。
寺領。
信仰。
商い。
寄進。
職人の交流。
それらを条件に。
八郎家の大きな傘の中へ。
入る方向で。
話が進み始めた。
八郎は。
城を一つも攻めていない。
それでも。
地図の上では。
また。
大きく色が変わろうとしていた。




