1537年。9月1週目。若狭、城より先に港をとりましょう。
九月一週目。
姫路城。
八郎は。
久しぶりに軍から届いた報告を眺めていた。
「丹後の方から、何か来てません?」
「来ております」
「どうです?」
広げられた地図。
丹後。
その東には若狭。
南東には丹波。
「丹波については、やはり簡単ではございません」
「波多野ですか」
「はい」
八郎軍が。
本気で兵を進めれば。
戦うこと自体はできる。
だが。
波多野の背後には。
細川の影もある。
「行こうと思えば行ける」
「ただし、衝突は避けられぬかと」
「ですよねえ」
八郎は。
地図を見ながら。
少し考えた。
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「若狭は?」
「こちらも武田家がございますので」
当然。
兵を入れれば。
何も起きないとは言えない。
「ただ」
「はい?」
「家中が、少々揺れているようでございます」
「やっぱり?」
若狭武田家。
そして。
その家臣である粟屋の一派。
「何やら、双方の間に不穏なものがあるようで」
「まだ戦になってるわけではない?」
「そこまでは」
「ほな」
八郎は言った。
「兵で押すん、やめましょう」
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「八郎商会を先に入れられません?」
「商会を?」
「はい」
欲しいものは。
城ではない。
「小浜の港です」
若狭。
小浜。
日本海側の。
重要な港。
「小浜の港使わせてもらえませんか、ってところから入りましょう」
「交易からでございますか」
「それで十分ですよ」
八郎は。
地図を指でなぞる。
山口。
石見。
出雲。
丹後。
そして。
若狭。
「ここが小浜まで繋がったら」
日本海側に。
太い交易の線ができる。
「めちゃくちゃ大きいでしょう」
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さらに。
小浜からは。
都へ向かう道がある。
「領土取るより、まず道と港ですよ」
「なるほど」
「物流したら銭になりますから」
八郎商会の船が来る。
荷が降りる。
人が来る。
商人が来る。
「ついでに」
三郎が嫌な顔をした。
「ついでに?」
「飯炊きましょう」
「やっぱりか」
「いやいや」
八郎は笑う。
「商人来るんですよ?」
米。
汁。
魚。
握り飯。
「港の周りで飯炊いて、安う食べてもらったらええでしょう」
「また飯から入るんか」
「一番揉めにくいですからね」
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小浜で。
いきなり武田家の城を囲む。
そんなことはしない。
まず。
商人に会う。
港を使う。
飯を売る。
荷を動かす。
「八郎商会がおっても困らん、ぐらいから始めましょう」
「そして?」
「向こうが何か聞いてきたら話します」
武田家も。
八郎軍が丹後にいる以上。
当然。
探りを入れてくる。
「それ待ちでええんちゃいます?」
「随分気長ですな」
「急いで城取っても、仕事増えるだけでしょう」
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「粟屋方から話が来た場合は?」
「聞きましょう」
「武田家から来た場合は?」
「それも聞きましょう」
「双方から来た場合は?」
八郎は笑った。
「両方聞いたらええでしょう」
三郎が頭を抱える。
「簡単に言うな」
「僕らが先に喧嘩売らんかったらええんですよ」
火種があるなら。
無理に触らない。
ただし。
何か大きな動きが出れば。
「その時考えましょう」
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一方。
播磨から摂津へ進んでいる軍勢は。
こちらも。
少しずつ。
勢力圏を東へ広げていた。
「摂津は?」
「新たに一束。場所によっては、さらにもう一束ほどが八郎家寄りになりそうでございます」
「ほな」
いよいよ。
細川の影響が強い土地が。
目の前に近づいてくる。
「ここからは無理せんといてください」
「承知しております」
「向こうが撃ってきたら別ですけど」
八郎は。
また地図を見る。
「こっちも商売できてますから」
急ぐ必要はない。
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そして。
その頃。
石山本願寺でも。
八郎家について。
また話が行われていた。
「また西へ旅する者が増えましたな」
「飯目当てだそうで」
「飯だけではあるまい」
仕事。
宿。
遊び。
商売。
安全。
様々な理由で。
人が八郎領へ出入りする。
「門徒も随分行っております」
「止める必要もあるまい」
信仰を捨てさせられた。
そのような話は聞かない。
むしろ。
寺社にも市を開き。
商売の利益から。
寺へ銭を回す仕組みまであるという。
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「先日話した限り」
一人の僧が言った。
「八郎殿は、本願寺そのものを敵とは見ておりませぬ」
「であろうな」
「寺社領を守るのであれば」
別の者が。
慎重に言った。
「大きな傘の中へ入る、という考えも」
完全に否定する必要はないのではないか。
寺社領。
信仰。
寺内の商い。
それが保障される。
そして。
八郎領の門徒を。
無断で兵として動員しない。
「互いに条件を決めれば」
「共存はできるかもしれませぬな」
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「ただし」
「はい」
「細川がどう見るか」
一同。
少し黙った。
「そこですな」
八郎家は。
西から。
じわじわと近づいている。
しかし。
城を焼いて回るわけでもない。
寺を潰すわけでもない。
むしろ。
飯を配り。
商人を呼び。
借金を返し。
人を吸い込んでいる。
「戦なら分かりやすいのですがな」
「飯と商売で来られると」
「扱いに困ります」
僧たちが苦笑した。
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同じ頃。
姫路では。
八郎が地図から顔を上げた。
「まあ」
「はい?」
「しばらく待ちましょう」
丹波では。
波多野と細川。
若狭では。
武田と粟屋。
摂津では。
細川と本願寺。
畿内へ近づくほど。
事情は複雑になっていく。
「無理して全部取らんでええですよ」
八郎は言った。
「港使えて」
「はい」
「商売できて」
「はい」
「飯売れたら」
三郎が笑う。
「結局それか」
「十分でしょう」
九月一週目。
八郎家の軍は。
東へ進んでいた。
だが。
若狭へ向かって。
最初に送り込まれることになったものは。
槍でも。
弓でもなかった。
八郎商会の商人と。
飯を炊くための。
大きな釜だった。




