1537年。8月4週目。ついに見つかりました。
八月四週目。
姫路。
遊郭近くの上等宿。
朝。
昨夜。
高い銭を払い。
遊郭の上等な女たちを呼んだ商人たちが。
遅い朝飯を食べていた。
白い飯。
焼いた鯛。
丁寧に骨を外し。
ほぐした身を飯の上へ乗せる。
そこへ。
少し塩気を利かせた。
熱いだし。
葱。
好みで山葵。
「いやあ……」
一人の商人が。
椀を抱えた。
「これは旨いですわ」
「でしょう?」
突然。
奥の廊下から。
八郎が顔を出した。
「八郎様?」
「どうでした?」
「いつからおられたんです?」
「裏から入ってきました」
三郎たち兄衆も一緒だった。
「飯の感想聞きに来ただけですよ」
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商人たちが笑う。
「いやいや」
「昨夜は随分楽しませてもらいました」
「それはよかったです」
「こんな綺麗どころが、よう集まってますな」
八郎が首を傾げる。
「そら銭回るところには、人も集まるんちゃいます?」
「七歳が言うことやないですな」
「僕は商売の話してるだけです」
昨夜。
差し入れに出された。
福々焼き。
お好み焼き。
丸八の木箱。
丸八の皿。
「珍しかったでしょう?」
「珍しいどころか」
一人が笑う。
「勉強になりますわ」
「何がです?」
「器まで売るところです」
返せば。
器代は戻る。
気に入れば。
そのまま持って帰れる。
「八郎様見てると、わしらもまだまだやな思います」
「いやいや」
八郎は笑った。
「僕なんか思いつき言うてるだけですよ」
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「しかし」
商人が。
鯛のだし湯漬けを啜る。
「こうなると、また八郎領へ遊びに来とうなりますな」
「姫路だけちゃいますよ」
「まだあるんですか」
「高松もありますし」
道後。
有馬。
明石。
山口。
博多。
「いろんなところ行ってもろたら、その土地で銭回りますからね」
「七歳児にそんなこと言われると」
一人が苦笑する。
「何言うとんねん言いたいところですが」
「はい」
「この朝飯食うと、黙りますわ」
皆が笑った。
「昨夜遊んだ後に、こういう塩気のある汁物はええですな」
「僕には全然分からん世界ですけどね」
「そら八郎様には、まだまだ早いでしょう」
「何せ口に合ったなら良かったです」
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「随分」
後ろから。
声がした。
「楽しそうでございますね」
八郎の背中が。
固まった。
「……はい?」
振り返る。
夏姫。
大友家の三女。
尼子家の姫。
大内家の姫。
全員。
いた。
「なんでここにおるんです?」
「こちらに道があることは存じておりました」
「いや、そういうことやなくて」
「最近」
夏姫が笑う。
「八郎様方があまりに楽しそうに、こちらへ出入りされますので」
「……なるほど」
商人たちは。
一斉に姿勢を正した。
「いやいや、姫君方。いつもお世話になっております」
「こちらこそ」
夏姫は。
にこやかだった。
「どうぞお食事を続けてくださいませ」
その笑顔が。
八郎には少し怖かった。
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「私どもには」
大友家の姫が言う。
「こういうお話、全然していただけませんから」
「今週ぐらいには言おうと思ってたんですよ」
「本当でございますか?」
「本当です」
八郎は。
少し胸を張った。
「利益が、とんでもないことになってます」
「利益が出ていれば」
夏姫が即答する。
「何をしてもよいという話ではございません」
「いやいや」
「八郎様」
「はい」
「高い銭を払う殿方を喜ばせるために、女の方を集めて商いにする」
「そこだけ切り取らんといてくださいよ」
八郎も負けずに言う。
「嫌な思いする人減らすためにも、飯とか宿とか警備とか、ちゃんと整えてるんです」
「それでも」
「はい」
「私は、あまり好きではございません」
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「でも」
八郎は。
少し真面目になる。
「飯食えん女の人がおる方が、僕は嫌ですよ」
働き方は。
一つではない。
飯屋。
宿。
職人。
店。
遊郭。
「いろんな仕事の中に、こういう仕事もある」
その代わり。
無理やり働かせない。
稼いだ銭を取られすぎない。
飯を食わせる。
病気になれば休ませる。
「そういう形にした方が、まだええと思うんです」
姫君たちは。
少し黙った。
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「それなら」
大内家の姫が言う。
「私どもも、一緒に宴へ出ればよいのでは?」
「はい?」
「お酌ぐらいならできますでしょう」
「いやいやいや」
八郎が慌てる。
「それはあかんでしょう」
「なぜでございます?」
「姫君に酒注いでもろたら、商人さんら萎縮しますよ」
商人たちが。
ものすごい勢いで頷く。
「その通りでございます!」
「恐れ多すぎます!」
「味が分からなくなります!」
「ほら」
八郎が指差す。
「では」
夏姫が微笑む。
「八郎様がお話される時だけ、私どもも同席いたしましょうか」
「それもなあ……」
「何か?」
「いや」
八郎は目を逸らした。
「男同士やから話しやすいこともありますやん」
「聞かれて困る話が?」
「いやいやいやいや」
「ございますの?」
「ないですよ」
「では問題ございませんね」
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三郎が。
そっと席を離れようとした。
「三郎様」
「はい」
「どちらへ?」
「……厠へ」
「まだ何も申しておりませんけれど」
「そうでしたな」
男衆が。
一斉に黙る。
商人たちは。
鯛のだし湯漬けを食べながら。
目を合わせない。
八郎だけが。
困ったように笑った。
「まあ」
「はい?」
「今度ちゃんと全部説明しますよ」
「今度、ではなく」
夏姫が。
丸八の木箱を指差した。
「今日から少しずつ、でお願いいたします」
「……はい」
八月四週目。
丸八の商いは。
ついに。
姫君たちにも。
本格的に見つかった。
利益は伸びていた。
旅人も増えていた。
商人も喜んでいた。
ただ。
男衆だけで。
こっそり帳面を見る時間は。
そろそろ。
終わりに近づいていた。




