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1537年。8月4週目。本願寺からのお客人。

八月四週目。

 姫路城。

「本願寺より、お客様でございます」

「本願寺さん?」

 八郎が顔を上げる。

「はい。近いうちにお隣になるやもしれぬので、一度ご挨拶を、と」

「なるほど」

 最近。

 摂津から西へ向かう旅人が。

 随分増えている。

 本願寺の周辺から来る者も多い。

「ほな、お通ししてください」

・・・・・・・・・・

「八郎様」

「遠いところ、ありがとうございます」

 本願寺から来た僧と。

 付き添いの者たちが。

 八郎の前へ座る。

「いやいや」

 僧が笑った。

「道中も随分楽しませていただきました」

「そうなんです?」

「噂の蛸飯もいただきました」

「明石で?」

「はい」

「ありがとうございます」

「旅行の施策、随分当たっておりますな」

 八郎は苦笑した。

「当たりすぎて困ってますよ」

「困っておられる?」

「人来すぎて」

 宿。

 飯屋。

 市。

 どこも忙しい。

「巡回してる兵まで、飯配ったり配膳したりしてるみたいです」

 僧が笑う。

「それはまた」

「兵も何してるんやろって思ってるでしょうね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「しかし」

 僧は少し真面目な顔になる。

「民を締め付けるより」

 楽しいもの。

 新しい飯。

 旅。

 仕事。

「そういったもので人を集めるというのは、面白いやり方でございます」

「持ち上げても何も出ませんよ」

「本心でございます」

「それならありがとうございます」

 八郎は。

 少し姿勢を直した。

「僕も聞いておきたいんです」

「何をでございましょう」

「本願寺さんとか、細川さんとか」

 これから。

 どうするつもりなのか。

「うちも東向いてますから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 僧が黙る。

 八郎は。

 隠さなかった。

「日の本を一つにしたいというのは、別に隠す気ないです」

「……やはり」

「はい」

 九州。

 四国。

 中国。

 播磨。

 そして。

 摂津へ。

「天皇様を中心にした国であることは変えません」

 ただし。

「幕府をどうするかは、まだ僕にも分かりません」

 足利を残すのか。

 形を変えるのか。

「そこまで決めてません」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「細川、三好については?」

「そこは別ですね」

 三好は。

 八郎包囲網を作り。

 戦を仕掛けてきた。

 八郎家は勝った。

 捕虜は少しずつ返している。

「でも和平したわけではないです」

「左様で」

「向こうから仕掛けてきた戦ですから」

 この先。

 細川・三好勢力を。

 畿内から追い出すことになるかもしれない。

 あるいは。

「うちの傘に入ってもらう形になるかもしれません」

「随分とはっきり申されますな」

「後から違う言われる方が嫌でしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただ」

 八郎は続ける。

「本願寺さんとは戦ってないですから」

 僧が八郎を見る。

「お隣さんになったら、普通に仲良くしたらええと思ってます」

「信仰については?」

「別に」

 八郎は即答した。

「うち、寺社市もやってますよ」

「寺社市?」

「はい」

 貧しい寺。

 修繕費に困る寺。

 そこへ市を開く。

 商人が利益を得る。

 八郎商会も利益を得る。

 そして。

「残った一部を寺への寄進に回します」

「なるほど」

「寺も修繕できますし、商人も儲かるし、うちも商売できます」

「面白い仕組みですな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「僕自身」

 八郎は笑う。

「昔、寺子屋みたいなところで坊さんに教えてもらってますし」

 字。

 数。

 帳面。

 それらを。

 僧から学んだ経験がある。

「京都で焼け出された法華宗の坊さんたちも、九州で受け入れてます」

「法華宗まで?」

「はい」

 田舎の僧。

 都の格式高い僧。

 考え方も。

 暮らし方も。

 随分違う。

「そういう話聞くのも面白いですし」

 だから。

 宗派が違うこと自体は。

 八郎にとって。

 大した問題ではなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただし」

 八郎が言う。

「よその宗派嫌いやから殴り込みます、とか」

「……」

「領民を勝手に兵にして戦います、とか」

「そこは困る、と」

「はい」

 信仰する。

 布施する。

 寺へ行く。

「そこは好きにしてもらったらええです」

 だが。

 八郎領の民を。

 寺の判断だけで。

 勝手に軍勢へ変えられては困る。

「戦するなら、こっちにも話してください」

「筋は通っておりますな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 本願寺側の僧は。

 しばらく考えた。

「我らとて」

「はい」

「何でも戦をしたいわけではございませぬ」

「でしょうね」

「まして」

 八郎領の農民たちが。

 酷く苦しめられている。

 信仰を奪われている。

 そのような話は。

 今のところ聞いていない。

「であれば」

 僧はゆっくり頷いた。

「八郎領内の門徒たちにも、勝手に騒ぎを起こさぬよう話をしておくことはできましょう」

「それ助かります」

「互いに無理をせぬよう」

「それが一番ですね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 少し空気が緩む。

 すると。

 本願寺側の一人が。

 苦笑しながら言った。

「ただ」

「はい?」

「こうして八郎様と交流を深めておりますと」

「はい」

「細川殿に睨まれそうでございますな」

 八郎も笑った。

「でしょうね」

「やはり?」

「そらそうでしょう」

 本願寺。

 八郎家。

 その二つが。

 摂津で仲良く話している。

 細川からすれば。

 面白い話ではない。

「畿内は難しいですね」

 八郎が言う。

「難しゅうございます」

 僧も笑った。

「九州とか四国より、よっぽど複雑ちゃいます?」

「それはもう」

 宗教。

 公家。

 幕府。

 細川。

 三好。

 国人。

 商人。

 寺内町。

 全部が。

 重なっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八月四週目。

 本願寺と八郎家の間で。

 正式な同盟が結ばれたわけではない。

 臣従したわけでもない。

 ただ。

「お隣さんになったら、仲良くしましょう」

 その程度の。

 小さな約束ができた。

 しかし。

 畿内という土地では。

 その程度の約束でさえ。

 周囲を十分に警戒させるものだった。

「帰りに福々焼き、持って帰ります?」

「いただけるので?」

「丸八の箱で」

「それは是非」

 政治の話をした最後まで。

 八郎は。

 やはり飯の話をしていた。

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