1537年。8月3週目。飯につられて人が来ました
八月三週目。
堺の商人たちの話は。
とにかく早かった。
「最近、明石がおもろいらしいで」
「姫路もや」
「有馬も八郎家に入って、また何か始めるらしい」
そんな話が。
堺から。
石山本願寺の周辺まで。
あっという間に広がった。
しかも。
丸八の商品が安くなる木札まで。
商人たちの手を通して配られている。
「飯まで安うなるんか?」
「蛸飯いうのがあるらしい」
「鯛のだし湯漬けもあるぞ」
「ほな一回行ってみるか」
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特に動いたのは。
男たちだった。
中には。
以前。
三好方の兵として八郎家と戦った者までいる。
「八郎のところか……」
だが。
捕虜になった時。
飯を食わせてもらった。
傷の手当てもされた。
着る物まで与えられ。
最後には。
何も取られず帰された。
「悪いところやなかったぞ」
「木札もろたし、一回遊びに行くか」
「なんなら」
一人が笑う。
「ほんまに住めそうなら、住み替えてもええしな」
そんな軽い気持ちで。
明石へ。
姫路へ。
人が流れ始めた。
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「八郎様」
「はい?」
「少々、大変なことになっております」
「何がです?」
「客が多すぎます」
「……え?」
八郎は。
報告書を二度見した。
明石。
姫路。
宿。
飯屋。
屋台。
市。
どこも。
想定より客が多い。
「捌ききれませぬ」
「そんな来たんです?」
「来ました」
八郎は頭をかいた。
「兵、巡回ばっかりさせてる場合ちゃいますね」
「はい?」
「何人か飯配りに回してください」
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その命令を受けた兵たちは。
困惑した。
「わしら兵やろ?」
「せやな」
「なんで蛸飯配っとるんや」
「知らん」
とはいえ。
八郎家の兵は。
八郎商会の仕事を手伝うことも多い。
「まあ、昔から飯炊きはしとるしな」
「護衛も兼ねとると思えばええか」
行列を整理する。
揉め事を止める。
木札を確認する。
飯を渡す。
「その木札、帳面にちゃんと書いといてくださいよ」
「何枚使ったかもか?」
「全部や」
「細かいなあ」
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明石では。
丸八の印が入った。
蛸壺に似せた器へ。
蛸飯が盛られていた。
「これが噂のやつか」
「どうぞ」
ぶつ切りの蛸。
だしで炊いた米。
少し濃い味。
一口食べた男が。
目を丸くする。
「……これ、ありやな」
「器も持って帰れますよ」
「ほんまに?」
「代金には入ってますから」
丸八の印。
明石へ来た記念。
「家帰ってこれ見たら、旅したこと思い出すな」
「それが狙いらしいですよ」
「八郎、よう考えとるな」
◇
そして。
姫路へ行けば。
さらに。
見たことのないものが待っている。
丸八印の福々焼き。
鉄板で焼くお好み焼き。
味噌だれ。
青い海藻。
踊る削り鰹。
遊郭街まで行けば。
差し入れ用の木箱まである。
「これも木札使えるん?」
「使えますよ」
「何やねん、この町」
笑いながら。
また注文する。
一人が食べれば。
横の者も食べる。
商人が持ち帰れば。
また噂になる。
人が。
人を呼び始めていた。
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そして。
八郎が予想していなかった者たちまで来た。
「住めるところがあると聞きまして」
家族連れだった。
土地がない。
仕事が少ない。
借金がある。
村にいても。
先が見えない。
「姫路なら仕事があると」
「長屋もあると聞きました」
八郎は。
困ったように頭をかく。
「働いてくれるなら歓迎しますよ」
「本当でございますか」
「ただ」
八郎は笑う。
「何もせんでもずっと飯食わせてください、は無理ですよ」
兵でも。
職人でも。
荷運びでも。
商人の手伝いでもいい。
「ちゃんと働いてくれるなら、飯に困らんようにはしたいです」
その言葉が。
また。
人を呼んだ。
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「八郎様」
夏姫が。
城下を見ながら言った。
「急にどうされたのでございます?」
「何がです?」
「人です」
道。
市。
店。
宿。
どこを見ても。
人がいる。
「お祭りでも始まったのかと思いました」
「いやいや」
八郎は笑う。
「ちょっと仕掛け作ってるんですよ」
「その仕掛けを」
夏姫が八郎を見る。
「私どもには、全然教えてくださらないのですね」
「もうちょっとしたらお披露目しますって」
「またそれでございますか」
「まだ形作ってる途中なんですよ」
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大友家の姫が。
城下を眺める。
「ですが」
「はい?」
「これは随分と賑やかになりましたね」
「でしょう?」
「以前、都へ参りました時も人の多さには驚きましたが」
姫路も。
少しずつ。
それに近い。
「博多も大変な賑わいでしたけれど」
「姫路も負けんようにしたいですね」
「都のようになるのでございますか?」
「そこまでは分かりませんけど」
八郎は。
行き交う人々を眺めた。
商人。
旅人。
兵。
職人。
家族。
飯を食う者。
土産を抱える者。
「人が来て」
「はい」
「飯食って」
「はい」
「面白かったから、また来る」
そして。
気に入った者は。
住む。
「それでええ町になるなら、一番楽でしょう」
八月三週目。
八郎がばら撒いたのは。
兵ではなかった。
飯の木札だった。
だが。
その木札に釣られて。
摂津から。
堺から。
さらにその先から。
人が流れ始めていた。
そして姫路は。
戦で奪った城下町から。
人が自分から集まってくる町へ。
少しずつ。
姿を変え始めていた。




