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1537年。8月3週目。飯で人を呼びましょう(笑)

 八月三週目。

 明石の蛸飯。

 鯛のだし湯漬け。

 丸八の福々焼き。

 お好み焼き。

 茶碗蒸し。

 八郎家の飯は。

 少しずつ増えていた。

「せっかくやから」

 八郎は帳面を見ながら言った。

「来週、一千五百万文ぐらい使いません?」

 三郎が顔を上げる。

「何にや」

「旅行です」

     ◇

 摂津。

 堺。

 その辺りの商人や。

 多少銭を持っている者たちへ。

 木札を配る。

「これ持って明石とか姫路まで来てくれたら」

 蛸飯。

 鯛のだし湯漬け。

 福々焼き。

 お好み焼き。

「丸八の商品、ちょっと安く食べられるようにしましょう」

「飯代をこっちが負担するんか」

「全部ちゃいますよ」

 半分。

 あるいは一部。

 最初に遊びに来てもらうための銭だ。

「来てもらったら宿も使うでしょう」

「まあな」

「土産も買うでしょう」

「買うな」

「酒も飲むでしょう」

 三郎が嫌な顔をした。

「その先もあるやろ」

「ありますね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 男衆だけが。

 少し静かになる。

「夜まで遊んでくれる人には」

 八郎が言った。

「木札、ちょっと多めに配りましょう」

「やっぱりか」

「一晩遊んでもらって」

 翌朝。

 宿で。

 焼いた鯛の身をほぐし。

 熱いだしをかけた飯を出す。

「朝に鯛のだし湯漬け食べてもらうんです」

 三郎が八郎を見る。

「……七歳やのに、よう分かっとるな」

「何がです?」

「遊ばせて、泊まらせて、朝飯まで食わせる」

 男衆の一人が笑った。

「毒の撒き方が上手うございますな」

「毒ちゃいますって」

「一度来たら、また来たくなるでしょう」

「それはそうですけど」

「戦せんでも、人が勝手についてきますな」

 八郎が苦笑した。

「男衆だけですけどね」

「姫君方に見つかったら?」

「怒られます」

「もうそろそろ見つかりますぞ」

「この一山当ててから言いたいんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 話は。

 すぐ堺の商人たちにも流れた。

「ほう。飯の木札ですか」

「はい」

「持って行ったら安うなる?」

「多少ですけどね」

「そら面白い」

 商人の一人が笑う。

「蛸飯いうのも気になりますわ」

「明石で蛸使って作ります」

「ほな、蛸壺も売ったらどうです?」

「蛸壺?」

「蛸飯を蛸壺に入れるんですよ」

 八郎が止まる。

「……それ、面白いですね」

「でしょう?」

「でも本物の蛸壺やったら食べにくないです?」

「まあ、そらそうですな」

 少し考える。

「ほな蛸壺みたいな形した飯入れ作ったらええんちゃいます?」

「それです」

     ◇

 焼き物の職人に。

 小さめの器を作らせる。

 口は少し広く。

 飯をすくいやすく。

 形だけ。

 蛸壺を思わせる。

「丸八も入れましょう」

「また丸八ですか」

「そら入れますよ」

 店では。

 その器に。

 蛸飯をたっぷり入れて出す。

「おひつ代わりですね」

「それ、持って帰れるんです?」

「器代払ってくれたら」

「ええやないですか」

 堺の商人たちが。

 次々に口を挟む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「八郎様」

「はい」

「これ、当たりそうですな」

「僕もそんな気します」

「私らも一枚かませてくださいよ」

「一枚も二枚も」

 八郎は笑う。

「別に商売敵ちゃいますから」

 堺の商人。

 明石の商人。

 姫路の商人。

「仲ようやりましょう」

「話が分かりますなあ」

「ええ塩梅にしてもらったら」

 八郎は続ける。

「軒先で店出してもらってもええですよ」

「ほんまに?」

「人来てくれるなら」

 商人たちが。

 一気に機嫌よくなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いやあ」

 一人が酒を飲みながら言った。

「八郎様んところ来て良かったですわ」

「そんな大げさな」

「いやいや」

 三好のところは。

 最近どうにも重い。

 八郎家との戦で負け。

 兵も戻ってきているが。

 空気は明るくない。

「取れる銭は取ろか、いう話ばっかりで」

「それ言いすぎたら、堺帰りにくなりますよ」

「ええんです」

 商人は笑った。

「面白いもんあるところへ、ふらふら行くんが商人ですわ」

「飽きたら?」

「また堺へ帰ります」

「自由ですねえ」

「それが商人ですから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも」

 別の商人が。

 蛸飯の話を書いた紙を見る。

「飯で人呼ぶいうのは、おもろいですな」

「戦で呼ぶよりええでしょう」

「そらそうです」

「腹減って来てもらえるなら、平和ですし」

「八郎様らしい」

 蛸飯。

 鯛のだし湯漬け。

 丸八の菓子。

 夜の遊び。

 朝飯。

 器。

 宿。

 全部。

 少しずつつながっていく。

「先々楽しみですわ」

「まだ試すだけですよ」

「その試すだけで、一千五百万文使うんでしょう?」

「まあ」

「十分本気ですやん」

 男衆が。

 一斉に笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八月三週目。

 翌週。

 一千五百万文を使った。

 新しい旅行策が始まることになった。

 戦で人を動かすのではない。

 飯。

 宿。

 遊び。

 土産。

 それで。

 人を呼ぶ。

「ほんま」

 三郎が笑う。

「領地取るより飯屋の方が楽しそうやな」

「そら僕ら」

 八郎も笑った。

「握り飯から始まった商会ですからね」

 そして。

 堺の商人たちは。

 その夜も。

 まだ見ぬ明石の蛸飯について。

 随分長いこと。

 楽しそうに騒いでいた。

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