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988/1033

1537年。8月3週目。明石の蛸飯と鯛の出汁湯漬け

八月三週目。

 八郎家では。

 なぜか。

 領地が増えるほど。

 料理部門にも拍車がかかっていた。

「ところで」

 八郎は。

 広げられた地図を覗き込む。

「今、うちの領地って、ここまでなんですよね?」

「左様でございます」

 播磨。

 その東端。

 八郎が指を動かす。

「明石も入ってるんですね」

「もちろんでございます。明石は播磨でございますから」

「なるほど」

 さらに。

 少し東へ。

「兵庫の港は?」

「現在は、その辺りが摂津側の境に近うございます」

「兵庫津ですね」

「左様でございます」

 昔から。

 多くの船が出入りした港。

 商人。

 荷。

 旅人。

 様々なものが集まる。

「ほな、この辺りをもっと動かしたいですね」

「動かす?」

「物流もそうですけど、旅人です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「姫路から明石」

 さらに。

「明石から兵庫津」

 そして。

「有馬へ行ってもええでしょう」

 道を整える。

 休む場所を作る。

 宿を作る。

「でも」

 八郎は地図を眺めながら笑う。

「ご飯で釣るのもありですよね」

 三郎が顔をしかめる。

「また変な言い方しよる」

「いやいや」

 八郎は手を振る。

「例えばですよ」

 最初は。

 旅行費の一部を八郎商会で負担する。

「半分ぐらい安くしてでも、まず来てもらったらええでしょう」

「そこまでしてか?」

「来てもらわんと、何も始まりませんから」

 来る。

 食べる。

 泊まる。

 土産を買う。

 気に入れば。

 また来る。

「そのための飯です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「明石言うたら、蛸でしょう」

「蛸か」

「いっぱい獲れるんでしょう?」

「昔から獲れますな」

「ほな蛸飯作りましょう」

 三郎が。

 また始まったという顔をした。

「どうするんや」

「簡単ですよ」

 今。

 お好み焼きで使っている。

 鰹。

 昆布。

 茸。

 そういったものから取っただし。

「水だけで米炊くんやなくて、だしで炊きます」

「ほう」

「そこに蛸ぶつ切りにして入れて」

 塩。

 少しの味噌だれ。

「一緒に炊いたら、うまいんちゃいます?」

「蛸入りの飯か」

「そうです」

 炊き上がったら。

 混ぜる。

 蛸の味。

 だしの味。

 米。

「普通に茶碗で売ってもええですけど」

 八郎は。

 手で丸を作る。

「握り飯にしましょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「握るんか?」

「旅人向けです」

 明石へ来た。

 飯を食べる。

 そして。

 姫路へ向かう者。

 兵庫津へ向かう者。

「握り飯二つぐらい包んで売ったらええでしょう」

「道中で食わせるんか」

「そうです」

 竹皮などで包む。

 丸八の印を入れた紙を巻く。

「明石まで来たら、丸八の蛸飯握り」

「また丸八か」

「覚えてもらえるでしょう」

 一つは。

 明石で食べる。

 もう一つは。

 道中で食べる。

「これは売れそうやな」

「でしょう?」

     ◇

「もう一個あります」

「まだあるんか」

「鯛です」

 明石の鯛。

 こちらは。

 蛸飯とは違う。

「高い方でいきましょう」

「やっぱりか」

「旅先でしか食えん贅沢飯です」

 鯛を。

 一匹。

 塩焼きにする。

 そして。

 骨を丁寧に外し。

 身をほぐす。

「それをご飯の上に乗せます」

「それだけでも高そうやな」

「まだです」

「まだあるんか」

 そこへ。

 熱いだしを注ぐ。

「鯛のだし湯漬けです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「薬味も欲しいですね」

 葱。

 山葵。

 好みで少し。

「朝飯でこんなん出てきたら、めっちゃ贅沢ちゃいます?」

 三郎が想像する。

 白い飯。

 ほぐされた鯛。

 湯気。

 熱いだし。

 薬味。

「……うまそうではあるな」

「でしょう?」

「高いやろ」

「高くてええんです」

「またそれや」

「旅先ですよ?」

 普段食べられないものを食べる。

 それが。

 旅の楽しみになる。

「今まで食べたことないっていうところに、銭払ってもらうんですよ」

「お前ほんま、最近そういうことばっかり考えとるな」

「楽しいんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は。

 さらに言った。

「旅の冊子にも載せましょう」

「何て?」

「明石へ来たら蛸飯」

 旅の道中には。

 蛸飯握り。

「宿へ泊まったら、朝に鯛のだし湯漬け」

「文章まで考えるんか」

「そこは誰か上手い人に書いてもらいます」

 絵も付ける。

 湯気の立つ飯。

 丸い蛸飯握り。

 立派な鯛。

「それ見たら食べたくなるでしょう」

「なるかもしれんな」

「ほな本願寺方面とか、堺の商人衆にも配りましょうよ」

「もう売る気満々やないか」

「試してもらうだけです」

「その顔は売る顔や」

・・・・・・・・・・・・・・・・

 話を聞いていた兄たちが。

 呆れながら笑った。

「八郎」

「はい?」

「お前もう領地経営より、飯屋の方が向いとるんちゃうか」

「何言うてるんですか」

 八郎は真顔で返す。

「そもそも八郎商会、飯屋みたいなもんから始まったでしょう」

「ああ」

「僕ら、握り飯からですやん」

 一瞬。

 皆が黙った。

「……そうやったな」

「そやそや」

「結局戻ってきただけか」

 笑いが起きる。

 領地は。

 九州から四国。

 中国地方。

 播磨。

 そして摂津へ。

 とてつもなく広がった。

 動く銭も。

 兵も。

 昔とは比べ物にならない。

 それでも。

 七歳の八郎が。

 一番楽しそうに考えているのは。

 今日も。

 人に食わせる飯だった。

「まず蛸飯、試しましょう」

「はいはい」

「鯛も一匹お願いします」

「高いぞ」

「口出し金出しが僕の仕事ですから」

「開き直ったな」

 八郎は笑う。

「うまかったら売りましょう」

 明石にも。

 また一つ。

 新しい名物が。

 生まれようとしていた。

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