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1533年2月。領主と証文を取り交わして数日後、和尚様との会話。ある程度の算段ができ始めているが目の前の数字を作るだけ

 領主の殿様との証文を交わして数日後。

 八郎はいつものように寺へ顔を出した。

 最近は店や湯あみ、人の手配で忙しくなり、寺子屋で机に向かう時間は少なくなっていた。

 和尚は八郎を見るなり笑った。

「最近、寺子屋に来る時間は減ったな」

「すみません」

「責めとらん」

 和尚は茶をすすった。

「その代わり、会うたび話が大きくなっとる」

「そうですか?」

「そうや」

 即答だった。

「最初は混ぜ飯やった」

「はい」

「次は市」

「はい」

「魚、湯あみ、職人、水車」

「はい」

「次は殿をどうするかの話や」

「……」

「三歳児と話す内容ではないわ」

 八郎は苦笑する。

「でも和尚様には相談しておかないと」

「まあ、見ていて面白いからええ」

 和尚は笑った。

「それで」

「はい」

「今は人を増やしておるな」

「はい」

「湯あみも二つ目」

「はい」

「その先はどうする?」

 和尚の目が鋭くなる。

「お前のことや。そこまで考えとるんやろ」

 八郎は少し黙ったあと答えた。

「まず銭の流れを増やします」

「ほう」

「今、うちの店は一回の市で利益二千文ぐらいです」

「知っとる」

「そこに三郎兄様の炒め飯屋、つみれ汁屋が加わってきています」

「うむ」

「人も育っています」

 八郎は指を折る。

「だから次は店を増やすんじゃなくて、人を増やします」

「人?」

「はい」

「三郎兄様ができる料理を増やす」

「うむ」

「弟子を育てる」

「うむ」

「その弟子が隣の市へ行く」

「……」

「そうしたら同じ形がもう一つできます」

 和尚が目を細める。

「つまり」

「はい」

「一つの市で終わらせる気がない」

「ありません」

 八郎は普通に言った。

「領内に市が三つあるなら、三つでやります」

「……」

「今の形を二つ目の市でできれば、いきなり倍とは言いません」

「うむ」

「でも合わせて一回五千文ぐらいの利益は見えます」

「五千」

「はい」

「市が月八回」

「はい」

「四万文」

「年なら」

「四十八万文か」

「そうです」

 和尚がため息をつく。

「お前、本当に計算だけは早いな」

「計算だけです」

「だけではないわ」

 和尚は呆れる。

「それだけあれば、殿が言う五万文など……」

「払えます」

 八郎はうなずいた。

「でも目的はそこじゃないです」

「違うのか?」

「はい」

「領内全体の負債です」

 和尚の表情が変わる。

「百六十万文か」

「予想ですけど」

「うむ」

「全部すぐは無理です」

「当然や」

「でも」

 八郎は続ける。

「湯あみを増やします」

「十個と言うておったな」

「はい」

「十個作れば、十か所仕事ができます」

「うむ」

「そこで働く人が銭を持つ」

「うむ」

「その銭で飯を買う」

「うむ」

「飯屋は材料を買う」

「……」

「漁師、農家、漬物を作る人、職人に銭が回ります」

 和尚は黙って聞く。

「母上の漬物教室もまだ途中です」

「ああ」

「あれも大事なんです」

「保存食か」

「はい」

「それだけじゃありません」

「?」

「家で余った野菜が銭になります」

 和尚が感心した顔になる。

「なるほどな」

「銭がないから苦しいんです」

「……」

「だから銭が動けば少しずつ変わります」

 和尚は笑った。

「お前、本当に商人みたいやな」

「庄屋の八男です」

「忘れそうになるわ」

 少し空気が落ち着いたところで、和尚が聞いた。

「では」

「はい」

「全部うまくいったらどうなる」

「……」

「殿が言った通りになるぞ」

「何がです?」

「用済みか、という話や」

 八郎は少し考えた。

「多分」

「うむ」

「みんな私側になります」

 和尚は黙った。

「そこまで分かっとるか」

「はい」

「村の人も、市の人も、職人も、漁師も」

「うむ」

「仕事を作って、借金をなくして、飯を増やした人についてくると思います」

「そうやろうな」

「だから本当は、殿様にはそこで一緒にやってほしいんです」

「……」

「でも」

 八郎の声が少し低くなる。

「それでも銭を出せと言われ続けたら」

「どうする」

「物を売らない」

 和尚の眉が動いた。

「ほう」

「米も」

「うむ」

「魚も」

「薪も」

「……」

「民が納得しなくなれば、城は動けません」

 和尚は黙る。

「兵も飯を食べます」

「ああ」

「侍も家族がいます」

「ああ」

「その中で、殿様よりこちらが正しいと思う人は出ると思います」

「何割見る?」

「三割」

 即答だった。

 和尚が吹き出した。

「三割か」

「はい」

「妙に現実的やな」

「全部は無理です」

「そうやな」

「でも三割いれば」

「うむ」

「戦を知ってる人がいます」

「……」

「そこに農民でも戦経験ある人を合わせれば」

「待て待て」

 和尚が手を上げた。

「はい?」

「お前、今さらっと何を言った」

「え?」

「兵を集める話になっとるぞ」

「あ」

「三歳児」

「はい」

「飯屋の話はどこへ行った」

「……」

 八郎は目を逸らした。

「流れで」

「流れで城攻め考える三歳児がおるか」

 和尚は腹を抱えて笑った。

「いやあ、殿も大変な相手に目をつけたものや」

「僕は普通に暮らしたいだけなんですけど」

「嘘をつけ」

「本当です」

「普通に暮らしたいやつは、領内の経済を握って兵の寝返り計算せん」

 八郎は困った顔をする。

 和尚は茶を飲み干した。

「八郎」

「はい」

「お前、どこの戦国武将や」

「庄屋の八男です」

「もう誰も信じんわ」

 寺の中に和尚の笑い声が響いた。

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