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984/1033

1537年。8月2週目。丸八印と売れる飯

八月二週目。

 姫路城では。

 播磨の借金を片付けた一方で。

 八郎たちは、また別の話で盛り上がっていた。

「遊郭とか、大商人のところに売り込むなら」

 八郎は福々焼きを一つ摘まむ。

「ただ紙に包むだけやと、ちょっと弱ないです?」

「弱い?」

「見栄ですよ、見栄」

 三郎が眉を上げる。

「またそれか」

「差し入れするなら、もらった方が『ええもんもろた』って思える方がええでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・

「印を作りましょう」

「印?」

「八郎商会の印です」

 八郎は紙に。

 大きく。

 八。

 と書いた。

 そして。

 その周りを丸で囲む。

「丸に八」

「そのままやな」

「そのままが一番覚えやすいでしょう」

 しかも。

 八という字は。

 下へ行くほど広がっている。

「末広がりみたいで、縁起もええでしょう」

「なるほど」

「これを朱色で押すんです」

 少し良い紙を用意し。

 丸八を彫った印に朱を付ける。

 ぺたり。

 ぺたり。

 同じ印が並ぶ。

「これで福々焼きを包みます」

「おお」

「字読めん人でも、赤い丸八見たら、うちの商品やって分かるでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さらに。

 福々焼きを十個ほど並べてみる。

「十個ぐらいなら、箱に入れた方がええですね」

「木箱か?」

「はい」

 少し薄い木で。

 簡単な箱を作る。

 中に福々焼きを並べ。

 紙を敷く。

「みんなで食べてください、って渡せるでしょう」

「遊郭への差し入れにはちょうどよろしいですな」

「大商人への土産にも使えます」

 そして。

 木箱の蓋には。

 今度は朱ではない。

「ここには焼き印入れましょう」

 丸八。

 じゅっ。

 木の表面に。

 八郎商会の印が残る。

「おお……」

「なんかちゃんとしたもんに見えません?」

「見えるな」

「中身同じ福々焼きやのに」

「言うな」

 三郎が笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 お好み焼きの方は。

 まだ改良が続いていた。

「山芋、すって入れてみましょうよ」

「また入れるんか」

「粘り出るでしょう」

 山芋をすり。

 小麦粉。

 卵。

 煮出した汁。

 それらに混ぜる。

 鉄板へ。

 じゅうっ。

「前より柔らかそうですな」

「ちょっとふっくらしてません?」

 裏返す。

 焼き上げる。

 そこへ。

 龍野の味噌だれ。

「で、これです」

 固く干した鰹を。

 薄く削る。

 ひらひらとした削り鰹を。

 焼きたてのお好み焼きへ散らした。

 すると。

「……動いておりますな」

「でしょう?」

 熱で。

 薄い鰹が。

 ふわり。

 ふわり。

 まるで踊るように動く。

「これええですね」

「食べる前から面白いな」

「見栄えするでしょう」

 さらに。

 海辺で採れた青い海藻。

 干したものを。

 細かく揉み。

 粉のようにして。

 上からぱらぱらと振る。

「おお」

 茶色い味噌だれ。

 白っぽい削り鰹。

 青い海藻。

「急に料理っぽくなりましたね」

「今までも料理や」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「これで売りましょう」

「どこで?」

「まず遊郭と大商人です」

 ただ。

 問題がある。

「焼きたてが一番うまいんですよ」

「そらそうやろ」

「でも遊郭まで鉄板持って行くわけにもいかんでしょう」

「無理やな」

 八郎は。

 丸八の印を見ながら考える。

「……皿ごと売りません?」

「皿?」

「はい」

 お好み焼きを。

 丸八の皿に載せる。

 そのまま。

 遊郭や商人屋敷へ届ける。

「値段の半分ぐらい、皿代込みにしとくんです」

「高ならんか?」

「高めの商品ですから」

 そして。

「皿を店まで返してくれたら、その分返金します」

「なるほど」

「次の注文の時に、お使いの人に渡してくれてもええです」

 皿を返す。

 その分。

 代金から引く。

「返さんかったら?」

「皿を買ったことになります」

 三郎が吹き出した。

「結局、皿まで売るんか」

「損してないでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 しかも。

 丸八の皿が欲しい者なら。

 そのまま持って帰ればよい。

「皿の裏にも丸八入れましょう」

「焼き印か?」

「焼き物やったら、焼く時に印つけてもええですね」

 釉薬。

 あるいは刻み。

 とにかく。

 裏返せば。

 丸八。

「家に置いてあったら、それも宣伝です」

「ほんま商売のことばっかりやな」

「いやいや」

 八郎は笑う。

「思いつくだけですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さらに。

 八郎は焼き上がった生地を食べながら言う。

「これ、種の方も真似されにくくしたいですね」

「種?」

「小麦粉と卵と水だけなら、形見たら誰でも真似できるでしょう」

「まあな」

「昆布煮た汁とか」

 野菜。

 茸。

 魚。

 いろいろなものを煮出した汁。

「味の濃い汁で生地作ったらどうです?」

「だしを混ぜるんか」

「そうです」

 表面だけ。

 見た目だけ。

 真似しても。

 同じ味にはならない。

「鉄板自体もまだどこにでもあるもんちゃいますし」

「福々焼きもやな」

「はい」

「鉄板と種と味噌だれと、丸八の印」

「全部揃って、八郎商会の味ですね」

     ◇

 三郎が。

 もう一枚。

 お好み焼きを焼く。

 山芋入り。

 だし入り。

 味噌だれ。

 青い海藻。

 そして。

 削り鰹。

 ぱらり。

 また。

 鰹が踊る。

「……これ、売れるぞ」

「でしょう?」

「遊郭で絶対目立つ」

「大商人のところでも、客に出せますね」

「福々焼きは土産」

「お好み焼きは出前」

「肉饅頭なんかも丸八の紙で包める」

「増えてきたな」

「兄様方、お願いします」

「お前もやれ」

「いやいや」

 八郎は両手を振った。

「形にするのは兄様方です」

「ほう」

「僕は口出しだけです」

「金も出しとるやろ」

「口出し、金出しです」

 三郎たちが笑う。

「一番厄介なやつや」

「でも面白いでしょう?」

 誰かが。

 熱いお好み焼きを頬張る。

「面白いですな」

「これは売れますぞ」

「丸八の箱も、皿も作りましょう」

「遊郭にも持って行きましょう」

「商人にも試してもらいましょう」

 次から次へ。

 話が広がっていく。

 福々焼き。

 丸八の木箱。

 朱色の包み紙。

 丸八皿。

 山芋入りのお好み焼き。

 だし。

 味噌だれ。

 青い海藻。

 踊る削り鰹。

「いやいやいや」

 八郎も。

 つい笑ってしまった。

「これ、楽しいですね」

「今さらか」

「売れたらもっと楽しいですよ」

「結局そこか」

 八月二週目。

 播磨の借金を全て返した七歳の八郎は。

 今度は。

 丸八の印を押した食べ物を。

 町中へ広げようとしていた。

 領土を広げる話より。

 こちらの方が。

 本人は随分楽しそうだった。

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