1537年。8月2週目。播磨の借金が消えました。旅の裏帳簿が感づかれはじめる
八月二週目。
姫路城。
「それでは、今週の帳面合わせでございます」
「お願いします」
八郎の前へ。
いつものように帳面が積まれていく。
交易。
各地の市。
石見銀山。
新しく加わった土地。
八大都市。
旅。
その他の商い。
それらを全て合わせ。
「今週の利益は、四億千八百四十八万文となりました」
「十分ですね」
「十分という額ではございませんが」
三郎が横で笑う。
「最近、お前の十分がおかしなってきたな」
「比較する数字が大きくなっただけですよ」
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ただ。
今週は。
その利益を積み上げない。
「播磨の借金、全部出してください」
「全てでございますか?」
「はい」
姫路。
周辺の城。
国人衆。
農村。
戦費。
商人からの借り入れ。
未払いになっていた証文。
八郎家へ入る以前から残っていたものまで。
整理できるものを全部整理した結果。
四億数千万文。
「今週の利益だけでは、少々足りませぬ」
「どれぐらい?」
「四千万文ほど」
「ほな八郎商会から出しましょう」
三郎が八郎を見る。
「出すんか」
「ここで残す意味ないでしょう」
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八郎商会から。
不足する四千万文を補填。
これによって。
播磨に残っていた大きな借金は。
一通り整理されることになった。
「これで播磨、綺麗になりますね」
「左様でございます」
「それは良かった」
八郎は嬉しそうに帳面を閉じる。
城を取る。
領地を取る。
それだけでは終わらない。
前の領主が残した借金。
戦で増えた借金。
農民の借金。
侍の借金。
それを整理して。
ようやく。
新しい帳面から始められる。
「借金ない方が、次の投資もしやすいでしょう」
「また何か始める気やろ」
「そのために返してるんですって」
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「今週は、それ以外に大きな動きは?」
「特には」
八郎は少し考え。
「僕、飯作ってましたからね」
「飯?」
「福々焼きとか、お好み焼きとか」
ちょうど。
試作品が運ばれてくる。
小さな福々焼き。
蜂蜜を多めにし。
砂糖を控えたもの。
さらに。
味噌だれを塗ったお好み焼き。
「皆さん、よかったら感想ください」
夏姫が。
福々焼きを一つ摘まんだ。
「これは美味しゅうございますね」
「でしょう?」
「小さいのもよろしいです」
「二つ三つぐらい食べられるでしょう」
「はい」
夏姫は機嫌よく。
もう一つ取る。
そして。
八郎を見た。
「今日は、この菓子に免じて」
「はい?」
「八郎様が何やらこそこそ動いておられることには、目をつぶって差し上げます」
八郎の手が止まった。
「……何のことでしょう?」
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夏姫が笑う。
「旅のお話になると」
「はい」
「いつも私どもを外されますでしょう?」
「いや、それは」
「男衆だけ残して」
「商売の細かい話ですよ」
「左様ですか」
「左様です」
「何か良からぬことをしておられるのではないかと、以前から思っております」
「良からぬことなんて」
八郎が目をそらす。
「別に隠し事ではないですよ」
「では教えてくださいませ」
「ちょっと喋りにくいことがあるだけで」
夏姫が即答する。
「それを隠し事というのです」
三郎が横を向いて笑っている。
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「今日は機嫌が良いので追及いたしません」
「ありがとうございます」
「ですが」
「はい?」
「今度、そちらの帳面も見ようと思っております」
「いやいやいやいや」
「何か?」
「いや、その」
八郎は慌てた。
「まあ、それは置いときましょう」
「八郎様が置いても、私は置きませぬよ」
「福々焼き、もう一個どうです?」
「話を逸らしましたね」
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そして。
その日の帳面合わせが終わった後。
男衆だけが。
こっそり別室へ集まった。
「……危ないですね」
「かなり危のうございますな」
「夏姫様、完全に気付いておられますよ」
「まだ中身までは知らんでしょう」
小さな帳面が開かれる。
「では旅商いですが」
「はい」
「今週、七百万文まで伸びました」
「七百万?」
「はい」
「内訳は?」
「普通の旅が二百万文」
「ということは」
「遊びを含むものが五百万文でございます」
部屋が静かになった。
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「……どえらい稼ぎになってきましたね」
「完全に無視できませぬな」
温泉。
宿。
飯。
船。
観光。
そして。
夜の遊び。
普通の旅行より。
遊興を含む方が。
はるかに銭を落としている。
「この前、二百万文やったでしょう?」
「はい」
「もう五百万ですか」
「堺の商人方から話が広がっているようでございます」
「宣伝してください言うたからなあ」
八郎は頭をかいた。
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「横丁のようなものを作ってもよろしいかもしれませぬ」
「横丁?」
「遊郭の中に、福々焼きやお好み焼きを出す店を構えるのでございます」
「遊郭の中に?」
「はい。お嬢方への差し入れを扱う店でございます」
男衆の一人が。
帳面をめくりながら続ける。
「客が買って持ち込む場合、店の方から持ち込み料を取るのでございます」
「持ち込み料?」
「左様でございます。品物の代金だけでなく、持ち込む場所にも銭を払っていただく」
「それは店も儲かりますね」
「しかも、お嬢方への差し入れとなれば、多少高くても買う者は多いかと」
「見栄ですな」
「はい」
別の男が。
楽しそうに口を挟んだ。
「隣の客が福々焼きを十個持ってきたなら、自分は十五個」
「お好み焼きなら、具の多い方を」
「味噌だれを二重にして、特別包みにするのもよろしいかと」
「特別包み?」
「金箔を貼る必要はございません。少し立派な紙に包み、名入りの札を付けるだけでございます」
「それだけで高く売れると?」
「見栄でございますから」
男衆の目が。
次第に真剣になっていく。
「福々焼き十個入りで、通常の二倍」
「お好み焼きは具を増やして三倍」
「さらに、店内へ持ち込むなら持ち込み料」
「お嬢方の前で開ける時に、包みを大きくしておけば、見栄えもいたします」
「それは売れそうですね」
八郎が。
思わず身を乗り出した。
「差し入れを受けたお嬢方も、誰から来たものか分かるようにしておけば」
「次の指名にも繋がるかもしれませぬ」
「客は客で、ええ格好ができる」
「店は品代と持ち込み料で儲かる」
「こちらは製造と卸で儲かる」
しばし。
部屋の中が静かになった。
そして。
「……ええ商売ですね」
八郎が呟いた。
「でしょう?」
「でも、派手にしたら怒られるからですよ」
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男衆が顔を見合わせた。
「しかし八郎様」
「はい」
「もう週五百万文でございます」
「分かってます」
「この横丁を加えれば、さらに伸びるかと」
「どれぐらい?」
「遊郭内の店ごとに契約を結べば、持ち込み料だけでも相当な額に」
「福々焼きやお好み焼きが多少高くても、見栄で買う客はおります」
「むしろ安いと、格好がつかぬと申す者も出るでしょう」
「高い方が売れる?」
「差し入れでございますから」
八郎は。
しばらく黙っていた。
「……それ、福々焼きの名前が広がるんじゃないですか?」
「はい」
「お嬢方の間で評判になれば、客も買わざるを得なくなる」
「左様でございます」
「隣の客が持ってきたら、自分も持っていく」
「自分だけ持っていなければ、見栄が立たぬ」
「見栄が商売を回すわけですね」
「まさに」
八郎は。
頭を抱えた。
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「横丁の案内を書いた冊子を作ってもよろしいかもしれませぬ」
「冊子?」
「旅先の楽しみ方を書いたものです。宿、飯、温泉、酒。そして、遊郭内の横丁についても」
宿。
飯。
温泉。
酒。
そして。
夜については。
露骨には書かない。
「夜も退屈せぬ町」
「人目を気にせずくつろげる宿」
「よい出会いがある」
その程度にぼかす。
さらに。
「お嬢方への差し入れには、横丁の福々焼き」
「持ち込み料を払えば、店内でお渡しいただけます」
「特別包みもご用意しております」
そう書けば。
「分かる人には分かるようにするわけですね」
「左様でございます」
八郎は少し考え。
「……やめときません?」
「なぜです?」
「派手にしたら怒られるからですよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
男衆が顔を見合わせた。
「しかし八郎様」
「はい」
「もう週五百万文でございます」
「分かってます」
「このまま伸びれば一千万文も見えてまいります」
「それも分かってます」
「でしたら」
一人が。
少し笑いながら言った。
「どこかで暴露するしかないのでは?」
「誰に?」
「夏姫様方に」
「嫌ですよ」
「ですが、後から帳面を見つけられる方が恐ろしいかと」
八郎が黙った。
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「……確かに」
「でしょう?」
「でも」
八郎は旅の帳面を見る。
五百万文。
もう。
遊びでは済まない数字になってきた。
「せめて一千万文まで待ちません?」
「なぜでございます?」
「一千万儲かってたら」
八郎は真顔で言った。
「怒られても、儲かってますって言えるでしょう」
「五百万では?」
「まだ弱いです」
「何と戦っておられるので?」
「姫君たちです」
男衆が一斉に笑った。
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八月二週目。
播磨の借金は。
ついに全て整理された。
表の帳面では。
大きな節目だった。
そして。
裏の小さな帳面では。
旅の遊興利益が。
週五百万文。
さらに。
遊郭内の横丁と。
福々焼きやお好み焼きの差し入れ商売が。
新たな稼ぎ口として。
静かに形を取り始めていた。
こちらもまた。
別の意味で。
無視できない節目へ近づいていた。
「週の儲けが一千万文超えたら話します」
「本当に?」
「……多分」
「八郎様」
「はい?」
「それまでに夏姫様に見つかる方が早いと思います」
八郎は。
何も答えず。
福々焼きを一つ。
口へ放り込んだ。




