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1537年8月2週目。有馬と茶碗蒸し

八月二週目。

 播磨から摂津へ。

 八郎家の勢力は。

 少しずつ東へ伸びていた。

 播磨に展開していた兵は二万五千。

 さらに周辺の兵まで含めれば。

 四万近い軍勢が。

 じわじわと摂津方面へ圧力をかけている。

 ただ。

 八郎は。

 無理に城を落として回るつもりはなかった。

「入ってくれるなら、その方が楽でしょう」

 そして。

 その八月二週目。

 有馬の者たちから。

 八郎家の傘下へ入りたいとの話が届いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 姫路城。

 有馬の当主家から来た者たちが。

 八郎の前に座っていた。

「有馬は、数年前の火事で町が大きく焼けまして」

「聞いております」

「いまだ十分に戻っておらぬところもございます」

 宿。

 湯屋。

 民家。

 道。

 火事の傷は。

 まだ完全には消えていない。

「もし八郎様にお許しいただけるのであれば」

 有馬の者が頭を下げる。

「町の再建についても、ご支援いただけませぬでしょうか」

「もちろんです」

 八郎は即答した。

「そのために傘下へ入っていただくんでしょう」

 有馬の者が顔を上げた。

「姫路から有馬って、多少距離はありますけど」

 道を整える。

 途中に休む場所を作る。

 飯。

 水。

 宿。

「ちゃんと道を繋いだら、姫路来た商人さんが、そのまま有馬まで行けるでしょう」

「湯へ入りに、でございますか」

「はい」

 姫路。

 有馬。

 さらに将来的には。

 その先の摂津。

「旅行の道にできたら面白いと思うんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あと」

 八郎は少し笑った。

「せっかく有馬行ったのに、湯入っただけで帰るのも寂しいでしょう」

「と申されますと?」

「飯です」

 最近。

 八郎商会で試している。

 福々焼き。

 お好み焼き。

「もしよかったら、有馬でもやってください」

「そのようなものまで?」

「作り方は教えますよ」

 福々焼きなら。

 土産。

 差し入れ。

 茶請け。

 お好み焼きなら。

 焼いているところ自体が見世物になる。

「湯治場で食べたもんって、あとで覚えてるでしょう」

「なるほど……」

「ここでしか食べられん名物が一個二個あった方がええですよ」

 有馬の者たちが。

 顔を見合わせる。

「町の復興をご支援いただくだけでなく、そのような案まで」

「いやいや」

 八郎は手を振った。

「まだ思いつきです」

 そして。

 有馬といえば。

 湯。

 湯気。

「なんか、湯気使った飯も考えたいですね」

「湯気でございますか?」

「食品開発部隊に考えさせます」

 少し考えて。

「僕もちょっと考えますけど」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その日の夜。

 三郎のところへ行く。

「兄さん」

「今度は何や」

「有馬の飯なんですけど」

「もう考えたんか」

「少しだけです」

 三郎が嫌そうな顔をする。

「その少しが怖いねん」

「最近、だしに凝ってるでしょう」

「お好み焼きでな」

 昆布。

 鰹。

 茸。

 野菜。

 それぞれ。

 煮出した汁を比べている。

「卵ありますよね」

「ある」

「だしありますよね」

「ある」

「混ぜてみません?」

 三郎が黙る。

「それで?」

「茶碗に入れます」

「ほう」

「肉饅頭蒸してる横で、一緒に蒸してみましょう」

「……何になるんや」

「分からんからやるんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 食品開発部隊まで呼ばれた。

 卵を割る。

 だしで伸ばす。

 塩を少し。

 味噌だれは入れず。

 まずは。

 だしそのものの味を見る。

「具も欲しいですね」

 親鶏。

 小さく切って。

 先に火を通す。

 椎茸。

 麩。

 葱。

「入れすぎたら何食べてるか分からんから、ちょっとずつで」

「また細かいな」

「見た目も大事ですって」

 茶碗へ。

 具を少し。

 その上から。

 卵とだしを混ぜた汁を注ぐ。

「これを?」

「蒸します」

 肉饅頭の隣。

 湯気の上へ。

 並べる。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 しばらくして。

 蓋を開けた。

「……固まってますね」

「固まったな」

 表面は。

 ぷるぷるしている。

「なんか綺麗ですね」

「お前が作った割にはな」

「余計でしょう」

 木べらを。

 そっと入れる。

 ぷるり。

 崩れる。

 中から。

 親鶏と椎茸が出てくる。

「食べてみましょう」

「熱いぞ」

「ふうふうしたらええでしょう」

 一口。

 八郎が止まった。

「……うまいですね」

 三郎も食べる。

「うん」

 もう一口。

「これはありやな」

「でしょう?」

「ただ、もう少しだし濃くてもええか」

「そこは調整しましょう」

 柔らかい。

 喉を通りやすい。

 温かい。

 具も少しずつ食べられる。

「湯治に来た人にもええんちゃいます?」

「年寄りでも食べやすそうやな」

「値段、高くてええと思うんですよ」

「また高く売るんか」

「旅先の名物ですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 八郎は。

 茶碗を持ち上げた。

「これも、器ごと売りましょう」

 三郎が笑う。

「またそれか」

「有馬なら、丹波の焼き物使ったらどうです?」

「丹波焼か」

「丸八入れてもらって」

 料理を食べる。

 気に入ったら。

 茶碗ごと持って帰る。

「いらん人は返してくれたら、その分返金」

「お好み焼きと同じやな」

「そうです」

 有馬へ行った記念に。

 丹波焼の小さな茶碗を持ち帰る。

「姫路なら?」

「備前焼でやりましょうよ」

「中身同じで器変えるんか」

「旅先変わったら、欲しくなる人おるでしょう」

 三郎が。

 しばらく八郎を見る。

「お前、ほんま商売上手やな」

「いやいや」

 八郎は首を振る。

「僕は口出しと金出しだけです」

「十分や」

「作るん兄さんたちですから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 三郎が。

 もう一度。

 茶碗の中を木べらですくう。

「しかし」

「はい」

「これ、名前いるな」

「名前?」

「茶碗に入れて蒸した料理やろ」

「そうですね」

 三郎は。

 少し考え。

「茶碗蒸しでええんちゃうか」

 八郎が止まる。

「……茶碗蒸し」

「そのままやけど」

「いや」

 八郎は笑った。

「それ、分かりやすくてええですね」

 こうして。

 有馬の復興をどうするか。

 そんな話から始まったはずが。

 肉饅頭を蒸す湯気の横で。

 また一つ。

 八郎家に。

 新しい料理が生まれた。

 茶碗蒸し。

 まずは。

 有馬と姫路。

 二つの町から。

 試してみることになった。

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