1537年。7月4週目。旅の遊びはまだ内緒
七月四週目。
姫路城。
今週も八郎の前には、各地から届いた帳面が山のように積まれていた。
「ほな、帳面合わせしましょうか」
「はい」
交易。
各地の市。
石見銀山。
新しく八郎家へ入った領地。
そして。
兵を展開する費用。
八つの主要都市へ入れている予算。
一つずつ数字を合わせていく。
「まず、兵の展開その他で八千五百万文ほど」
「はい」
「八大都市への予算として一億文」
「そこは今週もそのままでええです」
鹿児島。
熊本。
博多。
山口。
湯築。
出雲。
高松。
姫路。
それぞれで。
長屋を建てる。
道を直す。
市を広げる。
宿を増やす。
職人を呼ぶ。
「何に使ったかは、後からちゃんと見ます」
「先に銭を置くので?」
「使える銭ないと、仕事始められへんでしょう」
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もろもろの出費を引き。
市の利益。
銀山の利益。
新領地。
各都市。
交易。
その他の商い。
すべてを合わせる。
「最終的な利益でございますが」
「はい」
「三億七千八百八十二万文ほど」
「残りましたね」
「かなり使っておりますが」
「使って、それだけ残ったら十分ですよ」
八郎は別の帳面を出した。
「ほな、播磨の借金消しましょう」
「今回は?」
「三万五千石の束、三つ分」
金額は。
二億二千三百万文。
「一気に返されますか?」
「はい」
帳面役が計算する。
「では、残り一億五千五百八十二万文ほど」
「それ積み上げましょう」
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「播磨につきましては」
「はい」
「これで、ほぼ全域が八郎家の傘下に入ったと見てよろしいかと」
「ようやくですね」
姫路城を落としてから。
残っていた国人衆も。
次々と八郎家へ入った。
「無理に攻めずに済んだところも多かったですね」
「姫路落城の影響が大きゅうございました」
「それならよかったです」
そして。
「丹後からも動きがございます」
「一色さんのところ?」
「はい」
すでに。
三万五千石ほど。
一束分が、新しく八郎側へ入った。
「また一つ増えましたか」
「はい」
「兵は?」
「大きく減ってはおりませぬ」
「なら、ええです」
八郎は頷いた。
「急がんでええですよ」
播磨を取った。
丹後もじわじわ動いている。
「順繰りやりましょう」
無理をしない。
戦わなくても入るなら。
その方がいい。
「ほな、普通の帳面合わせはこれで終わりです」
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皆が立ち上がりかけたところで。
八郎が言った。
「あ」
「まだ何か?」
「男の人だけ、ちょっと残ってください」
一瞬。
空気が変わった。
「……何の話です?」
「旅です」
「旅?」
「はい。旅商い」
女衆がいなくなったのを確認して。
担当者が、小さな帳面を出した。
「今週の旅部門ですが」
「はい」
「利益、三百万文ほど」
「おお」
八郎が少し身を乗り出す。
「内訳は?」
「通常の旅が百万文ほど」
「はい」
「遊興を含めたものが二百万文ほど」
八郎が黙った。
「……もう完全に、ありですね」
「ありですな」
「普通の旅の倍やん」
「左様でございます」
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船。
宿。
飯。
温泉。
観光。
土産。
それだけでも銭は落ちる。
だが。
夜の遊びを加えると。
一人当たりが使う銭が一気に増える。
「なかなかの稼ぎ頭になり始めてますね」
「まだ全体から見れば小そうございますが」
「三百万文ですよ?」
馬鹿にできる数字ではない。
しかも。
「この前、堺の商人さん来たでしょう」
「はい」
「宣伝してくださいってお願いしたんですよ」
「されておりましたな」
「なら、もうちょい伸びるかもしれません」
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「冊子も変えます?」
「そこなんですよね」
八郎は考える。
露骨に書くのはまずい。
遊郭。
女。
夜遊び。
それを大々的に書けば。
「女衆に見つかった瞬間終わりますよ」
「八郎様も分かっておられるので?」
「分かってますって」
だから。
旅日誌。
漫遊記。
町の案内。
そんな形にする。
「夜も楽しいですよ、ぐらいにぼかすんです」
「どの程度まで?」
「分かる人には分かるぐらい」
旨い酒。
人目を気にせず楽しめる宿。
夜まで退屈しない町。
「女衆がおるとは書かんでも、雰囲気で伝わるでしょう」
担当者が笑った。
「八郎様も、随分商売に染まりましたな」
「商売の話してるんですよ」
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「でも」
八郎は帳面を指した。
「普通に旅しても、そんなに銭落ちへんでしょう?」
「はい」
「宿泊まって飯食って終わりです」
ところが。
遊ぶ。
酒を飲む。
良い部屋を取る。
追加で飯を頼む。
「日頃できへんことする時って、金使うんですよ」
「なるほど」
「みんな、日頃ない楽しみ欲しいんでしょうね」
それは数字を見れば。
嫌でも分かる。
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男衆の一人が。
周囲を確認してから、小声で言った。
「しかし……」
「はい?」
「これ、姫君方に知られたら殺される案件では?」
「だから丁寧にやってるんじゃないですか」
八郎は真顔で答えた。
皆が笑う。
「八郎様は遊ばれておらぬのに?」
「そこ関係ないと思いますよ」
「夏姫様方からすれば、八郎様が仕組みを作っておられるわけですから」
「……それは言わんといてください」
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八郎は帳面を見た。
遊び部門。
二百万文。
「僕、一つ思うんですけど」
「何でございます?」
「これが一千万文超えたら」
「はい」
「人権得られる気がするんですよ」
「人権?」
「もう、やめろって言われても」
八郎は帳面を持ち上げた。
「こんだけ儲かってますけど、やめます?って言えるでしょう」
男衆が笑いをこらえる。
「それまでは?」
「黙りましょう」
「賛成でございます」
「絶対ですよ」
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七月四週目。
播磨はほぼ八郎家の傘下へ入り。
丹後でも。
また一つ。
八郎側へ加わる土地が増えた。
借金も。
二億二千三百万文が消えた。
そして。
表の帳面では。
町。
銀山。
交易。
都市投資。
その数字が動く一方。
男衆だけが見る小さな旅の帳面では。
今週。
二百万文。
遊びの利益が。
ひっそりと。
だが確実に増え続けていた。
「一千万文超えるまでは、内緒ですよ」
八郎は念を押した。
「承知しました」
こうして。
八郎商会の中でも。
もっとも表立って自慢しにくい商売が。
少しずつ。
無視できない存在になり始めていた。




