1537年。7月2週目。まずは塩と味噌だれから。
七月二週目。
姫路城。
まだ城下も、城郭も、何もかもが出来上がったとは言い難い。
長屋は増えている。
市も広がっている。
飾万津から運ばれてくる荷も日に日に多くなっていた。
そんな姫路を眺めながら。
八郎はぽつりと言った。
「……やりたいこと、いっぱいありますね」
三郎が横を見る。
「今さらか?」
「いや、ほんま多すぎるんですよ」
町。
港。
道。
長屋。
職人。
学校。
旅。
商売。
「どれからやったらええんか、分からんようになってきました」
「お前が勝手に増やしとるんやろ」
「それはそうなんですけどね」
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八郎は少し考え。
「ご飯も、ちゃんとやりたいんですよ」
「飯?」
「はい」
三郎や母に任せている飯関係。
今でも八郎商会の各拠点では、兵や働き手へ飯を出している。
「でも、これから姫路に人増えるでしょう?」
「そら増やしたい言うとったからな」
「長屋入った人、全員うちの食堂で食べる必要ないと思うんですよ」
「ではどうする?」
「米だけ自分らで炊いてもらうんです」
共同炊事場。
そこで米を炊く。
「ほんで、おかずだけ買う」
「前にも言うてたな」
「はい。それをもうちょっとちゃんとやりたいんです」
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「屋台もやりましょう」
「屋台?」
「担いで持っていくやつです」
長屋の周りを歩く。
煮物。
魚。
豆。
汁。
そして。
「うどんとか、そうめんも売りたいです」
三郎が首をかしげた。
「屋台でか?」
「できるでしょう」
八郎商会で作る。
ある程度、味も揃える。
「日頃から八郎商会の飯食べてもらったら、こっちも何が売れるか分かりますしね」
「商売も兼ねとるんか」
「もちろんです」
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「ただ」
八郎は腕を組んだ。
「味をもうちょっと強くしたいんですよ」
「強く?」
「うどんです」
今のうどんでも食べられる。
だが。
何か物足りない。
「塩だけでは弱いんですよ」
「では味噌か?」
「それも使いたいです」
八郎はそこで。
「赤穂の塩、ええらしいですね」
「赤穂?」
「姫路からそんな遠ないでしょう」
塩を安定して持ってこられる。
量が増えれば。
飯屋にも。
保存食にも。
魚にも使える。
「近場で取れるなら、それが一番です」
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「それと龍野」
「龍野?」
「味噌とか、味噌だれみたいなん、うまいって聞いたんですよ」
三郎が少し笑う。
「どこでそんな話聞いてくるんや」
「人に聞いただけですよ」
味噌。
味噌から取れる液。
塩。
そこへ。
「野菜のだし」
「だし?」
「しいたけとか」
干した茸。
海藻。
魚。
「いろいろ合わせて、強い味作れへんかなと思って」
三郎が眉を寄せる。
「お前の頭ん中、どうなっとるんや」
「いやでも、やったら絶対うまいと思うんですよ」
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うどん。
そうめん。
そこへ濃いめの汁。
「その上に衣揚げ乗せるんです」
「衣揚げ?」
「野菜とか魚とか」
茄子。
芋。
魚。
季節によって変える。
「それだけで一膳、というか一杯で完結するでしょう」
「飯いらんのか」
「若い人なら、うどんいっぱい食べたら腹膨れるでしょう」
汁。
麺。
揚げ物。
全部一つに入る。
「作る側も楽です」
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「でも、そのために」
八郎は続けた。
「強めのたれが欲しいんですよ」
「味噌だれか」
「そうです」
うどんにも使える。
煮物にも使える。
魚にも使える。
「今は調味料が足らんでしょう」
姫路を。
普通の三万五千石の一束。
その十倍ぐらいの規模で育てるつもりなのだ。
「人が十倍来るのに、味噌も塩も今までと同じでは足らんでしょう」
「それはそうやな」
「だから先に増やしたいんです」
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塩。
味噌。
たれ。
だし。
「安定して毎日同じ味出せたら強いですよ」
「飯屋増やせるな」
「そうです」
一軒だけ旨い店ではなく。
どこへ行っても。
同じような味がする。
「八郎商会のうどん、どこで食べてもまあまあ旨い」
それで十分だった。
「めちゃくちゃ旨いより、その方が大事かもしれません」
三郎が感心したように頷く。
「ようそんなとこまで考えるな」
「だって毎日食べるもんですから」
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「あと皿ですね」
「まだあるんか」
「ありますよ」
八郎は当然のように言った。
「信楽の職人さん、来てくれへんかな」
「そんな都合よく来るか」
「ですよね」
「分かっとるなら言うな」
「でも備前焼でもええんですよ」
備前も近い。
器ならいくらでも必要になる。
「ただ僕、色ついたの好きなんですよね」
「知らんがな」
「色つけたり、焼き方変えたりできる人おったら面白いでしょう?」
工房。
窯。
土。
釉薬。
焼き方。
「姫路来たら安心して住めます。工房も用意します。銭も出しますって言ったら」
「職人来るかもしれんと?」
「そうです」
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三郎はしばらく八郎を見て。
「話、広がりすぎや」
「ですよね」
「町作りの話から、うどんになって、味噌になって、皿になっとる」
「僕も途中で思いました」
「一個ずつやれ」
「はい」
八郎は素直に頷いた。
そして指を折る。
「まず赤穂の塩」
「うん」
「次、龍野の味噌」
「うん」
「ほんで味噌だれ」
「そこまでや」
「え?」
「皿は後や」
「はい」
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八郎は少し笑った。
「でも、ここからやったらできそうですね」
「何がや」
「飯を毎日ちゃんと旨くすることです」
町を作る。
人を集める。
仕事を作る。
それだけでは。
人は住み続けない。
「毎日食べる飯がまあまあ旨いって、大事でしょう」
「そらな」
「なら、まずそこからです」
赤穂の塩。
龍野の味噌。
そして。
姫路で大量に使える、濃い味のたれ。
「よしよし」
八郎は頷いた。
「まずは塩と味噌だれからやりましょう」
三郎が笑った。
「それぐらいにしとけ」
「はい」
七月二週目。
八郎の頭の中には。
町も。
船も。
旅も。
職人も。
まだまだ山ほどやりたいことがあった。
それでも。
全部を一度にはできない。
だからまず。
毎日の飯を少しだけ旨くするところから。
姫路の新しい商いが。
また一つ。
動き始めようとしていた。




