1537年。7月2週目。8つの町を育てる。帳面合わせ。
七月二週目。
姫路城。
赤松との戦が終わってからも、八郎の机から帳面が消えることはなかった。
「ほな、今週も帳面合わせしましょうか」
「はい」
九州。
中国。
四国。
瀬戸内。
日本海側。
さらに播磨と丹後方面。
広げた帳面を一つずつ合わせていく。
「まず出費からでございます」
「はい」
「兵を展開している費用、それに各地で自由に使わせている経費などを合わせまして、
八千五百万文ほど」
「結構いきましたね」
「兵が多うございますから」
「まあ、そらそうですね」
播磨では戦が終わった。
だが丹後方面には、まだ二万五千ほどの兵を展開している。
新しく八郎側へ入った地域にも人を置く必要がある。
「兵を動かすだけで、飯も給金も要りますからね」
「はい」
「これは必要経費でええです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は次の帳面を開いた。
「それとは別に、主要な町へ銭入れましょう」
「主要な町?」
「はい」
八郎は紙へ順番に書いていく。
鹿児島。
熊本。
博多。
山口。
湯築。
出雲。
高松。
姫路。
「この八つです」
「八都市でございますか」
「とりあえずですけどね」
港がある。
温泉がある。
大きな市がある。
商人が集まる。
人を東西へ動かす拠点になる。
「ここは普通の三万五千石の束とは、ちょっと別で育てたいです」
「では、いくらほど?」
「まず一億文、別に置きましょう」
「一億文?」
「はい。主要都市への投資枠です」
道。
水。
倉。
市。
長屋。
職人町。
必要なものは、それぞれ違う。
「全部同じもの作れとは言いません」
博多と道後では必要なものが違う。
姫路と鹿児島でも違う。
「その町に必要なもんに使ってください、でええです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それから」
八郎はさらに別の帳面を出した。
「八つの町そのものの立ち上げ費用も、別で見ましょう」
「さらにでございますか?」
「はい」
八郎が示した数字は。
二億八千八百万文。
「随分と大きゅうございますな」
「まあ、普通の束より十倍ぐらいの規模で見る、ぐらいの感覚です」
三万五千石ほどを一つの束として。
市を作り。
道を直し。
農具を入れ。
商売を始める。
これまで八郎がやってきたやり方だった。
「でも、この八つは人の受け皿にしたいでしょう」
「はい」
「なら普通の束と同じ銭だけ入れても、足らんと思うんですよ」
最初から少し大きく見る。
「駄目やったら減らしたらええです」
「随分と思い切りますな」
「逆に足らんかったら増やします」
「結局やりながらですか」
「いつものことですよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すべてを合わせる。
通常の商い。
各地の収益。
兵の費用。
主要都市への投資。
八都市の立ち上げ費。
長い計算が終わった。
「最終的には」
「はい」
「六千四百十一万文の黒字でございます」
「黒字なんです?」
「一応」
「ほな、それ積み上げましょう」
かなりの銭を使っている。
それでも最後には黒字が残った。
「規模が、どんどん大きゅうなりますな」
「僕もそう思います」
八郎は苦笑した。
「ちょっと考えが追いついてないんですよね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そこまで考えておられるのに?」
「大枠だけですよ」
町へ人を集める。
仕事を作る。
住むところを用意する。
そこまでは分かる。
「でも人が千人、二千人、五千人って増えた時に、具体的に何要るかまでは全部分からんでしょう」
「確かに」
「だから先に銭だけ置いとこうかなと」
金払いがいい。
仕事がある。
そうなれば人が来る。
「人来たら、その人らに聞けばええんですよ」
何が足りない。
何が欲しい。
何があれば働ける。
「僕一人で全部考える必要ないでしょう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ただ。
八郎が一つだけ考えていることがあった。
「技術は残したいですね」
「技術?」
「職人のです」
焼き物。
木工。
鍛冶。
農具。
桶。
刃物。
織物。
「一人の親方が死んだら終わり、いうのは困るでしょう」
「弟子を育てると?」
「はい」
八郎は紙に小さな四角を書いた。
「学校いうほど立派やなくてええんです」
親方が何人かいる。
若者が通う。
基本を教える。
その後に工房へ入る。
「農家の次男三男とか、土地持ってない人が来た時に」
兵になる以外にも。
「焼き物覚えます」
「農具作ります」
「帳面覚えます」
そんな道がある。
「それができたら、町もっと強くなると思うんですよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「つまり八つの町を、人を集める場所にされたい?」
「そうですね」
鹿児島へ行けば仕事がある。
熊本でも。
博多でも。
山口でも。
湯築でも。
出雲でも。
高松でも。
姫路でも。
「土地持ってないから終わり、にしたくないんです」
働く。
技術を覚える。
給金を得る。
長屋に住む。
銭が貯まれば、もっといい家に移る。
「そういう流れができたらええですね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帳面役が苦笑した。
「そこまで大きな話になりますと、我らも考えが追いつきませぬ」
「別に追いついてなくてもええですよ」
「よろしいので?」
「はい」
八郎は笑った。
「とりあえず銭撒いて、人集めて、仕事作りましょう」
「随分と乱暴ですな」
「ほんで問題出たら考える」
「またそれですか」
「最初から完成形分かる人なんか、おらんでしょう」
やってみる。
失敗する。
直す。
また人が増える。
「徐々に決めていったらええんちゃいます?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
七月二週目。
八千五百万文の通常経費。
一億文の主要都市投資。
二億八千八百万文の八都市立ち上げ費。
それでも。
最後に六千四百十一万文が残った。
八郎商会の銭は。
ただ貯まるものではなくなっていた。
人を呼ぶ。
町を作る。
技術を残す。
新しい仕事を生む。
そのために使うものへ変わり始めている。
「まあ」
八郎は八つの町の名前を眺めた。
「どこまで大きくなるか、僕にも分からんですけどね」
まずは銭を入れる。
人を集める。
そこから先は。
町に住む者たちと一緒に決めていけばいい。
七歳の八郎が始めた八つの町への投資は。
まだ帳面の上の数字に過ぎなかった。
だが。
その数字を目当てに。
次の職人が。
次の商人が。
そして土地を持たない若者たちが。
少しずつ動き始めようとしていた。




